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育てる関係

プロジェクト趣旨

現代人の心の危機は、「子育て」「世代の継承」という領域にも現象として顕著に表れている。若い世代の非婚化・晩婚化、子どもをもとうとしない傾向、幼児・児童虐待の増加と深刻化、非就労と社会的ひきこもり(自立しない青年)の増加などである。これらの危機をもたらした背景には、わが国の戦後社会における効率主義と成果主義の浸透、人と人の絆に対する医療や科学技術の介入、法や制度と生活の現実との乖離、無意識の心理に深く根ざした子育てをめぐる文化的価値観や先入観の問題など、さまざまな次元の要因が絡み合っている。 近年では「子育て支援」や「若者支援」の必要性が社会的にも認知されるようになったが、国や自治体による施策が必ずしも効を奏していないのは、それらが一面的、対症療法的な手当てにとどまり、「育て-育てられる」営みの現場において、人々の「心」に何が起きているか、人が人として豊かに育っていくために何が必要かを、総合的かつ長期的な視点から、十分に見据えることができていないからだと言える。 本研究事業の中心となるのは、臨床心理学の視座であるが、臨床心理学は従来考えられてきたような、病や障害をもつ人々への援助だけを扱う学問ではない。人が人へと育っていく上で、また次世代を育てていく上で、誰しもが直面する困難に対し、その内面の葛藤や相克をどう扱っていけるかを示すことのできる専門性を有している。したがって本研究では、現代社会の抱える「育てる機能の衰弱」という大きな問題背景にも意識を向けつつ、臨床心理学を中心とし、社会学、思想史、文化史、保育、教育、精神医学など学際的な視点から問題を見据え、考察し、育てることを支援する新たな援助のネットワークの創造に結びつくような手がかりを見出していきたい。 具体的には、これまで実施してきた共同研究、「現代人と母性」(1998~2002年度)、「育てることの困難」(2003~2007年度)を発展させ、以下のような切り口を用いて、育て-育てられる関係についての研究と実践を試みる。

(1)愛着と分離

これまで、子育ての営みにおいては「愛着」の必要性がもっぱら強調されてきたが、最近ではむしろ、母子密着、父親の母親化、といった問題による子どもの生育上の弊害が指摘されており、人が育つ上で必要な、健全な(親子の)「分離」とはどのようなものかを探ることも重要となっている。そこには、乳幼児期の親子関係に限らず、青年期を迎えた子どもの自立や、親の「子別れ」というライフサイクル上の課題も含まれていると考えられる。さまざまな文献の研究をはじめ、乳幼児から成人に至る子どもをもつ親へのインタビュー、臨床事例の検討、投影法等による愛着パターンの検討などを通して、この問題を追究していく。

(2)男性にとっての育てること

また、長らく研究の俎上に乗せられることのなかった、男性にとっての「子育て」や「育てる機能」のもつ意味を問い、男性と女性が共に「育てる者」として生きられる社会のあり方、労働のあり方(ワークライフバランス)等について検討することも危急の課題である。効率主義・成果主義がますます先鋭化し、格差社会が進むと言われる現代のわが国で、男性が「育てる機能」を発揮するには、どのような意識を個々人が高めることが必要か、社会学的視点も加えながら、インタビュー調査や、地域での意識調査を行っていく。

(3)子どもをもたない人にとっての育てること

さらに、子どもをもたない選択をした人や、(性的マイノリティなどの例を含め)もちたくてももてない人が生きていく上での、「育てること」の意味を問うことも必要であろう。本研究で追究していきたいことは、今、まさにその途上にある子育てに対する支援の模索にとどまらず、現代社会で多様なライフコースを歩むすべての個々人が、「育て-育てられる関係」をどのように生きていけるか、を模索する点にある。家庭の密室化にともない、子育てが親のみによって行われるようになったことが現在の子育て困難の一因と考えられることから、実践的な意味でも、子どもをもたない人が社会の「育てる」機能と関わることが重要と思われる。研究員が委員として直接関わる兵庫県子ども家庭施策検討会議においても、地域による子育て、社会による子育ての方法論が検討され、実践に移されている。今現在子どもを持たない人がいかに子育てに関わるかは、その中でも重要な課題となっている。子育て支援の形で、兵庫県の実践や他大学の実践とも連携しながら、探索的研究を試みたい。