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心理療法の現在

プロジェクト趣旨

本プロジェクトは、プロジェクト1~3に関わる心理療法の研究、実践を包み込んだ形で進められる。

(1)プロジェクト1~3に関わる実践的研究

まず第一の柱として、プロジェクト1、2、3に関わる心理療法を実践し、経験を蓄積するとともに、そこから得られた知見を公表していく作業がある。 プロジェクト1、2として掲げている「心の危機」の主題、「加害と被害(トラウマ)」と「育てること」は、それぞれ広範な実践課題を伴っている。 「加害と被害」においては、虐待を受けた子どもの心理療法、DV被害者の心理的援助、いじめ被害者への援助などの被害者へのかかわりと、DV加害者、虐待加害者への治療的対応などの課題がある。それらを研究員それぞれがかかわる実践現場および甲南大学カウンセリングセンターでの実践を通じて検討していく。そのさい特に、トラウマ臨床の方法論が重要な視点となる。兵庫県こころのケアセンターの実践と連動して、プロジェクト1-(1)「子どもと暴力」に掲げたさまざまの技法の折衷、総合の形も含めて、心理カウンセリング、心理療法の方法論を探っていく。また、子ども家庭センター(児童相談所)および児童養護施設において、今までの連携関係を基盤に、虐待を受けた子どもの治療にいっそう取り組んでいく。それらの活動に基づき、トラウマ性の記憶を治療的に扱う方法論を検討し、プロジェクト1における研究活動と連携していく。

育て-育てられる関係の危機」には、母子・親子臨床、子育て支援、愛着障害治療、発達障害支援などが含まれる。本大学の臨床心理学の長い伝統のなかには、心理的障害や適応困難を抱える子どもの発達支援、青年期の支援(学生相談)、臨床心理学的問題を抱えながら子育てをする母親・父親への心理療法などを行ってきた実績がある。本研究では、それらをさらに有機的にネットワークでつなぎ、地域、近隣の類似の支援機関とも連携を密にしながら、よりよい支援のあり方を見出していきたい。とりわけ、発達障害の子どもや青年に対する支援のプログラムを充実させ、その実践から得られた知見を、プロジェクト2における研究の成果と統合していく。 「芸術学と芸術療法」については、本研究所における研究、実践の蓄積の上に立って、描画療法、箱庭療法等の芸術療法の実践をさらに行いながら、現代の臨床課題への有効性を検証していく。プロジェクト1、2の主題に関わる臨床実践においても、芸術療法、芸術的媒体の利用が試みられる予定である。さらに、これまで継続してきた2つの実践活動、つまり、2000年より心理臨床カウンセリングルームにおいて学外の一般市民を対象に活動を続けてきた「アートグループ」と、2003年より毎年1回ペースで人間科学研究所が開催してきた「園芸療法研修会」についても、芸術学研究者との連携という視点を取り入れることで、内容を検討し、さらに充実させていきたい。

(2)事例研究による心理療法現場の検証

以上の各テーマに関わる心理療法実践を進めながら、現在の日本における心理療法のあり様を、各種の現場での実践の実情をくみ上げる形で検討していくのが第二の柱である。 この研究活動には、現在までの日本の臨床心理学、心理療法の発展過程への基本的認識と、過渡期に来ていると思われる現状への問題意識が関わっている。 日本における心理療法の歩みは、主として医師によって担われていた精神療法の実践の時代から、臨床心理学の歩みと臨床心理士資格制度の定着によって、臨床心理士の役割が増大してきた時代へと流れてきた。その過程で、臨床心理士は、医療、教育、福祉、司法それぞれの現場で臨床実践を行い、各領域の他専門職種との連携関係を築いてきた。 臨床心理士資格が生まれて約20年を経た現在、まだ途上にあるとはいえ、心理療法ならびに心理療法的視点からの支援の試みは日本各地に浸透し、日々それぞれの現場では臨床業務が遂行されている。資格制度開始当初にはこの種の支援がほとんど導入されていなかった現場――たとえば、低出生体重乳児とその家族を支える周産期センター、7歳から15歳までの児童生徒が通う小中学校、福祉支援による育成の場である乳児院や養護施設、ニートからの脱出を支援するさまざまな就労支援機関、子どもと離れて暮らす高齢者や介護を必要とする高齢者の生活施設など――においても、少しずつではあるが着実に心理療法および心理療法的対人援助が展開している。

実践領域の拡大と、時代の要請の変遷によって、それぞれの現場において、常に新たな実践課題が発生してきたのが現在までの過程であるが、現在は、本事業のプロジェクトである「被害と加害」「育て-育てられる関係の危機」をめぐる危機的課題の発生をはじめとし、臨床心理学一般、心理療法一般という大枠の方法論ではとらえることのできない新たな個別的課題に直面している。それら心の問題に対応する力を養うことなしには、今後の心理療法実践が社会にいっそうの貢献をすることは困難である。 以上の認識の上に立って、現在現実に行われている心理療法現場を出発点として、事例を持ち寄ることによって、そこから臨床的課題を抽出し、本研究事業のプロジェクトテーマとも突きあわせながら、現代の臨床の実情と今後の姿を明確化していくことを目指す。 ここには、心理療法が対象とする問題の把握とともに、臨床心理士が社会で活動し、専門家として定着していく過程で起こるさまざまの困難や課題を分析することも問題意識として含まれている。これまで臨床心理士の養成のあり方としては、事例検討を通して、実践的な技能を身に付けさせることが中心になってきた。そのため従来の事例検討会では、その事例ごとにクライエント(被支援者)の変化の過程を分析し、臨床心理士(支援者)の働きかけとの相互作用を考察することを主たる目的としている。この種の事例研究はこれまでの20年間で養成機関や臨床現場のいずれにも定着し、すでに相当数のデータ収集と議論が行われている。しかし、資格取得後に心理療法家としての自立に至る要因分析、すなわち専門家としての視点や発想の成熟過程についての研究はほとんど行われていない。そこで、本プロジェクトでは従来の事例検討会とは異なった形式の事例研究会を開催し、現代の社会における臨床心理士の視点形成の様を検討する。

そのために、大学院修士課程修了後、一定のキャリアをもち、専門性を確立しつつある全国の臨床心理士(資格取得後4年以上10年未満を予定)を30名程度選定し、彼らの経験にもとづく知見や実践感覚をめぐる「語り」をデータ収集する。そのために、調査用紙の作成と被験者にあたる臨床心理士の選定を、約1年かけて行い、調査の結果について、1~3の研究プロジェクトと密接な関係のある視点から検討する。たとえば、トラウマにも関わる生育上の記憶の取り扱い、継続した子育て支援とかかわる児童・生徒の進学にともなう学校間での支援情報の開示、心理療法の中で行われる描画・箱庭制作など表現技法(art therapy)の技法の導入と解釈、学校教員・保護者・医師・ソーシャルワーカーらへの説明責任と連携などがある。 その上で、それらの調査対象者が合同して行う事例研究会を行い、技法や理論の違いを越えた実践的視点から事例を詳細に検討していく。その過程と並行して事例のプライバシー保護についても再考していき、その結果次第では、「事例研究会」に心理療法支援に携わる専門家以外の参加者の聴講を企画し、心理療法と説明責任(accountability)への探索的研究を行う。 第1回目の「事例研究会」で取り上げるものとして、現代の心理療法的支援現場の代表であり、約10年の臨床実績がある公立中学校のスクールカウンセリングの一事例を予定している。その結果をプロジェクト1、2、3の研究活動において得られた知見と関連させながら総合的に検討して、第2回目の事例研究会を企画する形で、段階的に事例研究会を開催していく。親子並行面接、発達障害者への支援などを第2回以降のプロジェクト候補に挙げている。 以上の計画を実施する中で、今後10年を視野に入れた、心理療法および心理療法的支援の課題、および臨床心理士の要請および研修の課題をまとめていく。それらを、人文科学研究科人間科学専攻における教育、実践内容に反映させ、大学院における臨床心理士養成課程の今後のあり方への提言に結び付けたい。