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地域での「癒やす力」「育てる力」を高める心理的・芸術的支援モデルの構築(2014年-)

人間科学研究所では、実践活動として次のテーマでの取り組みを、従来の研究プロジェクトと並行して進めていく予定です。

甲南大学のある阪神間は古くから画廊や美術館、美術教室、障がい者アートのアトリエなど芸術環境に恵まれてきました。また、阪神淡路大震災や神戸大空襲のトラウマに今なお苦しむ人々がいる地域かもしれません。臨床心理学と芸術学の専門家をメインとする甲南大学人間科学研究所は、地域との協働によって(1) 「癒す力」を育むために、人々が安心して心の相談ができる環境を整え、芸術を治癒的に用いる支援者の育成に取り組みます。また(2) 「育てる力」を高めるために、乳幼児期の子育てから学校教育への心理的支援を連続させ、造形クラブによる子どもの発達支援を行ないます。地域の研究機関・行政機関との既存の連携を強化しながら、18号館講演室を「甲南アトリエ」として研究会やワークショップを催し、より地域に開かれた活動を目指していきます。

> 甲南アトリエとは?

人間科学研究所は、過去15年にわたる研究事業(学術フロンティア推進事業平成10-19年、私立大学戦略的研究基盤形成支援事業平成20-24年)を通じて、臨床心理学によるトラウマ治療の地域に根ざした実践と治療方法の開発という優れた成果を蓄積してきました。また、それを他の人文諸科学と連動させ社会事象の研究にまで高めることを特長としてきています。その特色を活かし、特に5年間に培った研究と実践のネットワークを継承し、地域との協働体制の確立と定着を目指し、研究活動を実践的に展開する場としての「甲南アトリエ」と「ギャルリー・パンセ」での芸術活動を行います。研究は、テーマ(1):芸術療法を含め多様な臨床研究・実践を行なう研究員が、地域への新たな支援を可能にするための啓蒙活動と支援者育成に取り組むプロジェクト「地域におけるトラウマケアへのアクセシビリティの向上を目指した心理的・芸術的支援モデルの構築」と、テーマ(2):子育て支援と学校適応支援の専門家のサポートによって、障がい児の療育支援を芸術制作を通じて社会福祉活動として展開するプロジェクト「地域との協働による発達に問題をもつ子どもとその家族への心理的・芸術的支援モデルの構築」からなります。そして、これら実践活動が、時代・社会のニーズへの適合性を保ち続けるためにも、それを思想的倫理的観点から常時検証し考察する理論的研究を全プロジェクトの基盤として位置づけます。

臨床心理学と芸術諸学が研究上はもちろん実践活動としても連携体制をとりうる組織は全国的に見ても極めて珍しく、これが人間科学研究所の大きな特長です。その利点を活かし、また芸術文化に親和性の高い地域特性に相応しく、臨床心理と芸術による地域との実践的ネットワークを構築し、当研究所を地域における心理的・芸術的支援活動の拠点として定着させることを目指します。

テーマ1
「地域におけるトラウマケアへのアクセシビリティの向上を目指した心理的・芸術的支援モデルの構築」

心理的問題がもたらす悪影響(自殺や家庭内不和等)が注目されて以来、その問題解決に有効な方法論が多く確立されてきた。しかし、各々の方法論が持つ効能と限界をクライエントが十分に把握した上で提供されているとは言い難い。特にトラウマケアでの問題点として、治療へのアクセシビリティの低さが指摘され、その背景に治療に対するスティグマ(偏見)の存在が考えられる。その解決のためには支援方法を明確化し、体験者が支援を受けやすい体制を構築するのみならず、非専門家がトラウマ問題について理解し、体験者の良きサポーターとなりうる体制も必要である。本研究では、臨床心理学と芸術学が協働で各々の知見や方法論を持ち寄り、それを基にスティグマを克服して個々のニーズに適うケアを提供できるシステムを構築することで、メンタルヘルスサービスの新たな拠点として地域に根差すことを目指す。具体的には、(1) 過去の体験がもたらす問題とその支援策について、正しい理解を促進する啓発活動を実践し、トラウマケアに対するスティグマに及ぼす効果を検証する。(2)さまざまなアプローチによる支援方法(NETやLSW、EMDRや身体志向アプローチ、認知行動的アプローチ、芸術療法など)を各ニーズに適った選択ができるようメニュー化し、地域に向けて発信・実践する。アクセシビリティの変化、支援に対する満足度や介入効果について検証する。(3) 芸術学や歴史学が、戦争や災害から個人的被害まで、さまざまな形でトラウマを扱ってきたことに着目し、その知見をもとに,心理支援者との連携のもとで新たなサービスを提供する方法を構築する。自伝作成を行うNETに加え、芸術家に対して心理学的知識を提供する教育プログラムを作成し、芸術をケアに用いる支援者の輪を広げる。また地域住民とアートワークショップを行う。その制作物の展示を通して啓発をはかり、心理の専門家にフィードバックする。

テーマ2
「地域との協働による発達に問題をもつ子どもとその家族への心理的・芸術的支援モデルの構築」

発達に問題をもつ子どもとその家族、あるいはその支援者に対して、創作的活動と成果の発表を通じていかなる支援が可能であるかを探る。さらに、この検証の過程で得られた成果や顕在化した問題点を、教育現場や地域社会と共有することで、より充実した支援体制の構築を目指す。発達に問題をもつ子どもにとって、自分のやりたいことを見つけてそれに熱中する体験は、自己決定力を高め、生活の質を向上させるうえで非常に重要な経験となる。本研究では、絵画や立体造形など視覚芸術を中心に、音楽や朗読なども含めた創作的活動に関心を示す子どもに対して、創作に没頭できる環境を準備し、そこで得られた知見や子どもの創作物を、研究会や展示会などを通じて家族や支援者、地域住民にも広く紹介し、この活動の意義や関係支援における問題の所在についての共通理解を図る。そのことによって、発達に問題のある子どもをいかに支援すべきかを、家族や学校だけの問題ではなく、地域に住む人々が当事者意識をもってとらえられる体制の確立を目指す。すでに人間科学研究所では、子育て支援の実践研究の実績がある。乳幼児期の子育て困難に対して、健全な愛着形成を目指した親子関係支援の有効性が認められてきたが、ここに父親を含めた支援体制を加え、かつ、本研究における児童期以降を中心とする支援体制を検証していくことにより、子どもの成長に応じたより広範囲の関係性の支援へつなげることが可能となる。本研究で開設する発達に問題をもつ子どものためのアトリエ「アトリエ甲南」では、この地域で絵画活動を行うグループや、障がいのある人の創作活動支援に優れた実績を上げている阪神間の福祉施設の支援員、神戸市立本山第二小学校など近隣の小学校の図工専科の教員などに積極的な協力を呼びかける。さらに、このアトリエでの成果物を大学内のギャルリー・パンセだけでなく、地域の商店や飲食店にも協力を呼びかけて公開する。それらの活動によって、発達に問題をもつ子どもへの支援に対する理解と参画が推進され、地域と大学と当事者が連携する豊かな環境が構築される。