Konan University Library

震災と図書館活動

甲南大学図書館のばあい(『図書館年鑑』1996年版より)

中山文庫コーナー(エントランスホールより)阪神・淡路大震災の未曾有の激震に見舞われた甲南大学は、神戸市の東部、東灘区の六甲山麓の閑静な住宅街に位置する。大学本部などを含む事務棟や講義棟など5棟が全壊したほか、自宅や下宿で学生16名が犠牲となった。図書館は建物本体には被害がなかったものの、1・2階閲覧室の据置型書架が倒壊するなど付帯設備の被害は甚大であった(約1300万円強)。図書館職員に人的被害はなかったもののその多くが自宅の全半壊の被害をうけ、また交通機関が寸断されるという困難な状況の中で復旧作業が始まった。その間の復旧を中心とした、図書館活動を時系列的に振り返ってみたい。

地震の起きた1995年1月17日は、連休明けの学内定期試験後半の開始日であり、それは2月前半の入試を含め大学で一番忙しい時期の真っ最中であった。本来ならば図書館も多くの学生で溢れる時期であったが、試験はレポ-トに切り換えられ入試も2月末に延期される中、図書館の復旧活動は始まった。1月23日頃から代替バスなどで出勤してきた館員により図書館事務室の本格的な復旧が始まった。まず倒壊したスチ-ル製書架を除去して、散乱した図書や書類をかたづけ、次に互いにもたれかかって倒れている事務用三段式カ-ドボックス(木製)の引き起こし作業を行った。数百万枚のカ-ドの入った引き出しが、相互に絡み合っているのを元に戻すのは危険を伴い難渋した。こうして事務室を整理することで、復旧のための拠点が確保された。

開架書架(閲覧室南側より) 引き続き、事務室と同一階の第3閲覧室(雑誌・参考図書)のとりかたづけにかかった。雑誌用の据置型書架18本のうち15本が倒壊しており、そのうちの複式大型書架9本が中央閲覧机に向かって南北から倒れ込んでいた。参考図書の入っていた18本の複式低書架も全て転倒していた。2月初めには倒れた書架を引き起こし散乱した雑誌や参考図書をかたづけ書架等の補修工事を待った。そうして図書館内部で1階開架(第1)閲覧室と3・4階書庫の復旧に向けての方策が検討され、図書館としては、まず開架閲覧室の再開を目指すこととなった。

マスコミの連日の報道でその被害の深刻さが全国に広がる中、1月28日には与謝野文部大臣の視察があり、2月3日には本図書館の設計者である、鬼頭梓建築設計事務所による詳細な被害調査が行われ、建物本体の安全性が確認された。一方、関西大学、近畿大学、神戸学院大学を初めとする近隣諸大学図書館の協力により本学学生のためにその図書館利用が許可された。また復旧支援の申し入れもあったが、とりあえず館員のみで開架閲覧室の落下図書のかたづけを2月6日から始めた。普段多くの学生が利用するフロアなので、その被害状況と復旧過程を少し詳しく述べておきたい。

開架閲覧室では据置型の両面書架16本全てが倒壊した。書架は東西軸に南北方向に並列してあり、床のコンクリ-トに埋め込まれたボルトで固定されていたが、一部を除きボルトが床から抜け、あるいはスチ-ルとの接合部が引きちぎれるなどして倒壊した。図書6万冊は全て落下散乱した。新聞立ち見台3本は南向きに全て転倒したが、南北方向に設置されていた低層の雑誌架やカウンタ-は転倒を免れた。オ-ディオコ-ナ-の機器等も南北方向に置かれ、かつ脚にコロがついていたため損傷は無かった。もし地震発生の時間帯が開館中であれば、倒壊書架によりかなりの数の犠牲者、負傷者が出たことは明白である。

エントランスホール吹き抜け2階より 復旧は、まず倒壊書架の排除と落下図書をかたづけて、書架の補修工事を待った。そして3月17日には、補修された書架が再設置された。新たに設置された書架は、床に固定するボルトの数を増やし径を太くすると共に、4本の鋼材で書架全体に頭つなぎを施して南北の振動に備えた。さらに書架の背に鋼板を貼り、東西の振動と図書の飛散を和らげる備えとした。

こうした工事で著しく耐震性を高めた書架への図書の配架は、3月22日から約1週間をかけて館員全員で行った。しかし館内の他の補修工事などに手間取り、開架閲覧室の再開は4月24日までずれ込んだ。

ところで、復旧における最大の難問である書庫内の落下図書配架作業は2月9日から始まった。3・4階各々69列を上下に繋いだ積層式書庫の書架自体には被害はなかったものの、配架されていた和・洋合わせて約30万冊の全ての図書が落下して床に堆積した。その配架作業はボランティアや学生アルバイトの協力を得て行われた。最初に3階部分から始め、その後4階部分を行ったが、いずれも主通路にまで落下図書が積もっていて、それをかたづけてから各書架ごとに分かれて配架作業を行った。狭く暗い横通路には、腰から胸の高さ位まで本が入り乱れて一杯に積もっており、それを拾いだしラベル順に棚に戻すのは気の遠くなるような作業であった。特に地震の揺れが南北方向で北よりに強かったため、両面書架の反対(南)側の本も多く混じっていて、それを振り分けながらの配架を強いられ、それが復旧作業を遅らせることとなった。窓のない書庫で時折襲う余震におびえながらの作業は、大変厳しいものであった。こうして書庫の図書配架が終わったのは、作業を開始してから2か月以上たった4月18日であった。

一方、3月6日には地震とその後の復旧作業でストップしていた図書受け入れ業務が再開され、また4月3日には地下読書室が開室して図書館業務の全面再開への第一歩を踏み出した。こうしたなか、4月4日には鬼頭梓建築設計事務所による建物内の補修調査が行われ、それを経て4月24日に延期されていた入学式に合わせて開架閲覧室と地下(第2)閲覧室の部分開館にこぎつけた。

開架書架閲覧室北側より さらに、5月に入って2階の参考図書と雑誌の書架耐震補修工事が行われ、その終了を待って、6月1日全面開館の日を迎えた。地震発生から実に4か月以上にわたる館員の苦闘の日々であった。しかし震災による図書館への間接的影響は今後長期に及ぶと考えられる。貸し出し中の図書の被害は行方不明95冊、それ以外の直接、間接に地震に起因すると思われる未返却本が 300冊以上に昇る。館内での落下による破損本も数百冊に昇った。その後処理は今も続行中である。

以上が復旧の経過の概略だが、今回の復旧は文字通り現状復帰という大枠で進められた。勿論書架等には、様々の耐震補強策が施されたが、書庫の壁面に残された図書衝突による無数の擦過痕は、図書館の書架上の本は地震が起きると人を傷つける凶器になる可能性を示しており、それからどうやって逃れるか、図書館に課せられた大きな問題である。いずれにしろ、万一に備えて総合的な防災マニュアルを作り、災害から如何にして利用者、館員の安全を守るのかを、普段から考えておくべきであろう。甲南大学図書館でも今回の苦い経験を踏まえて、遅ればせながら防災マニュアルが作成された。

 今回の地震は多くの貴い人命を奪った大災害であったが、また多くの教訓をも残した。その貴重な教訓を館種を超えて共有し、今後の図書館活動に生かすべきと考えられる。

復旧に当たっては多くの暖かい精神的・物質的支援を頂いた。その一つ一つを記すことはできないが、特に日図協、私大図書館協会を始め、支援の手をさしのべられた諸大学図書館、また鬼頭梓建築設計事務所の方々を始め復旧工事関係者に末筆ながら感謝の意を表したいと思う。
(碓井 洸)

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