「2. 学生おすすめ (学生による書評など)」カテゴリーアーカイブ

ときど 著 『東大卒プロゲーマー  論理は結局、情熱にかなわない 』

 

知能情報学部  4年生 Aさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 :  東大卒プロゲーマー 論理は結局、情熱にかなわない
著者 :  ときど
出版社:PHP研究所
出版年:2014年

東大卒のプロゲーマーとして知られているときど氏。東大卒の超エリートである彼が東大卒という肩書を捨ててまでなぜプロゲーマーという道を選んだのか。

ときどは小学生のころ父親の仕事の関係で引っ越しを繰り返していた、それによりなかなか友人もできずいじめられることもあった。そんななかおちびと呼ばれている友人ができ毎日のようにゲームに没頭したのである。ときどは中学校、高校ともに進学校を選択し勉強をしながらゲームを楽しんでいた。ときどにとって勝つことがすべてで勝つために論理的にゲームを展開し勝つことを楽しんでいた。大学受験をしながらもゲームを楽しんでいたときどに不合格という現実が待っていた。それを機にゲームをきっぱりやめ浪人しながらも東京大学に入学した。大学の大学院で出会った恩師Sさんの熱意に触発されてときどは自身の研究に没頭していった。その際の成果が評価され賞を受賞するまでになった。しかし大学院入試に落ちたこと、相次いだ不運な出来事からいつしかときどの情熱はなくなってた。ときどは情熱を持って打ち込めることを探し小さいときに熱中していたゲームに打ち込んでいく。そんな中、梅原大吾が日本初のプロゲーマーになったと知ったときどはゲーム業界でプロゲーマとして生きていくことを決意した。理論で突き詰めた合理性のプレーだったものが徐々に楽しませるためのものに変わっていった。理論で突き詰めていく研究も大切だがその中でいかに情熱を燃やし続けられるのかを考えさせてくれる作品になっている。

 


川村 元気 著 『億男 』

 

 

知能情報学部  4年生 Aさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 :  億男
著者 :  川村 元気
出版社:文春文庫
出版年:2018年

本学で所蔵している本はこちら→ 川村 元気 著 『億男』マガジンハウス , 2014年

映画「君の名は。」などをプロデュースし現代の映画を支えているプロデューサー、川村元気の「億男」にはお金の大切さを教えてくれる作品である。

その物語はお金がなくその影響で家族とうまくいかなかった主人公一男が突如大金を手に入れお金とは何かを考えていく。3億円という大金を使えばよいか学生時代の友人で現在は大富豪である九十九に相談に行ったが、次の朝には3億円と九十九の姿はなかった。なぜ九十九は消えてしまったのか?また、大富豪である彼が3億をもっていった理由とは?その答えを探すべく一男は九十九の知り合いを訪ね歩き答えを探していく。訪ね歩くうちにお金と幸せとは何かを、その答えを探し続ける物語になっている。一男が出会う人には「愛人ではなくお金を愛する」、「お金を捨てたくて仕方がない」、「お金の宗教に浸る」といった突如手にした大金により人生が狂ってしまった生活を知ってしまう。働けばその対価として手に入れることができる「お金」は物と交換するためのいわゆる交換手段である。「お金」があれば気持ちや生活に余裕が生まれ、「お金」がなければ不安などの人間の負の感情が働く。「お金」があたえる影響とはそれほどまでに大きくお金の大小によってその人の信用まできまるのだ。お金は人を幸せにしてくれると誰もがそう望んでいる。しかし、大金を得ればお金によって人生を狂わせてしまった人もいる。

お金とは何か幸せとはどこにあるのかということの答えを生々しいお金の世界と私たち人間の生活のつながりを考える機会になる作品である。


中島 京子著 『長いお別れ 』

 

 

法学部 3年生Sさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 :  長いお別れ
著者 :  中島 京子
出版社:文藝春秋
出版年:2015年

ロンググッドバイ。長いお別れ。少しずつ記憶をなくしていき、長い時間をかけてお別れしていくとき、人は何を思うのだろうか。忘れていく人は。忘れられていく人は。

本作は、認知症と診断された東昇平が、妻、三人の娘、孫などと過ごす十年を描いた物語である。八章で構成されており、章が進んでいくごとに昇平の症状は進行していく。こう書くと、シリアスで重い作品、またはお涙頂戴小説のように思う人もいるかもしれない。しかし、見当外れ。そんな予想は見事に裏切られる。この作品は「認知症」がテーマでありながら、笑えるシーンも随所に見られる。泣かせてやろう、という意思は全く感じられない。そしてなにより、本作は病気そのものではなく、病気に直面した家族のあたたかさに主眼が置かれている。

アメリカでは認知症のことを「ロンググッドバイ」と言うらしい。直訳で、長いお別れ。徐々に周囲の人のことを忘れていき、少しずつ時間をかけてお別れしていくことが由来になっている。長いお別れも、きっと突然のお別れと同じくらい悲しい。作中でも、昇平の妻である曜子は、自分のことを忘れてしまった夫を介護することについて、気の毒と思われている。だが曜子は、「言葉は失われた。記憶も。知性の大部分も。けれど、長い結婚生活の中で二人の間に常に、あるときは強く、あるときはさほど強くなかったかもしれないけど、たしかに存在した何かと同じものでもって、夫は妻とコミュニケーションを保っているのだ」と考えている。その人がその人として生きている限り、その人は確かにそこに存在していると信じている。そして、そこに存在している夫は、例え自分のことを忘れてしまっても、なにかでつながった自分の夫であることに変わりはないのだと訴えてくる。

昇平は、曜子のような人と人生の大半を過ごせて幸せだっただろうと心底思った。二人の関係を羨ましく思った。インターネットの発達に伴い、繋がれる世界は一気に拡がった。それにより、個人の関係は希薄になっているとも言われている。そんな時だからこそ、認知症をテーマに、夫婦や家族といった小さくて狭い、けれどもあたたかい個人の関係を描いた本作は読まれるべき作品なのではないだろうか。


トニ・モリスン著 大社淑子訳 『青い眼がほしい 』

 

法学部 3年生Sさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 :  青い眼がほしい
著者 :  トニ・モリスン著  大社淑子訳
出版社:早川書房
出版年:2001年

二〇一九年八月五日、偉大な作家が逝去した。トニ・モリスン、享年八十八歳。本作品は、アメリカの黒人作家として初のノーベル文学賞を受賞した著者のデビュー作。強烈な人種差別の描写、主人公のピコーらが辿る悲惨な運命は読んでいて苦しくなるほどである。しかし、我々は目を背けてはいけない。著者の、黒人の、ピコーラの叫びを。

「秘密にしていたけれど、一九四一年の秋、マリーゴールドはぜんぜん咲かなかった。」この一行から始まる冒頭ニページで、黒人の少女ピコーラになにがあったのかが語られる。それはあまりにも辛く、残酷な話である。二ページ目の最後には、「本当に、これ以上語ることは何もない」「とりあえず“どういうふうに”を語ることにしよう。」とある。読者はそのショッキングな出来事の顛末を見届ける義務を負う。本を閉じることは許されないと本気で思わされる。

内容について特徴的な点は、差別するものと差別されるもの、被害者と加害者という単純な二元論だけで物語が描かれないことである。ピコーラは、父親にひどい仕打ちを受ける。(実際は、このような軽い言葉で表せるものではない。)この部分だけに注目すれば、父親は加害者である。しかし著者は、父親もまた差別の被害者であるという描写を決して怠らない。差別を受け、生まれた絶望が被害者を加害者へと変容させ、さらなる絶望を生む過程をしっかりと描く。そして、差別が絶望しか生まないことを我々に突きつける。

黒人への差別を書いた作品である、と言うのは簡単である。その表現は間違っていないが、作品の中には、差別や暴力、更には希望も詰まっている。それらは当時の、そして現代の黒人が普遍的に持っていたものである。その当たり前のことを文学に落とし込んだ作品である、と言ったほうが些か正確に思える。この作品は文学であり、歴史でもあると作者が叫んでいるように感じた。偉大な作家がこの世を去ってしまった今、その叫びを我々は受け止め、伝えていかなければならない。


白石一文 著『彼が通る不思議なコースを私も』

 

法学部 3年生Sさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 :  彼が通る不思議なコースを私も
著者 :  白石 一文
出版社:集英社
出版年:2013年

「自分が好きだってことなんだよ。他のだれでもない、とにかく自分自身が大好きで、超愛してるって思えることだよ。――」

本作品は、「生きる」ことや「時間」がテーマとなっている。普段じっくりと考えない、もしくは考えても答えがでないこれらのテーマについて、我々は彼が通る不思議なコースを追体験しながら、今までよりも深く見つめることとなる。

主人公の霧子は不思議な魅力をもつ男、椿林太郎と出会い、距離を縮めていく。彼はかつて全日本トランポリン選手権を優勝しており、高校は超がつくほどの進学校、更に彼の周囲の人たちは、彼のことを「神の子」と呼ぶ。全てが不思議な彼は、人には言えない大きな秘密を抱えている。

彼は幼少期、ある悩みに苦しめられていた。その経験から、悩みを抱えた子供や生きづらさを感じている子供を救おうとする。例えば彼は、一年経てば自動的に全員が一つ上の学年に上がるシステムに苦言を呈している。「人間はみんなひとりひとり、持っている時間の長さが違う」という独特の表現を用いて、子供たちそれぞれが持つ時間に合わせた教育が、子どもたちひとりひとりの可能性を引き出していくと信じて実行していく。

今の日本の教育システムでは皆が同じ速度で成長していくことが求められる。それゆえ、画一的な教育の進度の中から外れてしまった子どもたちへの受け皿があまりにも少ない。乱暴な言い方をすれば、一度落ちこぼれると、這い上がってくることができないのである。社会全体でも同じことが言える。一度貧困に陥れば抜け出せず、一度仕事を辞めてしまうと再就職が難しい。這い上がることを諦め、絶望した先には「死」が待ち受けている。教育だけでなく社会全体に蔓延るこれらの問題に対し、彼は常人では思いつかない画期的な方法で向き合っていく。

彼は、皆と同じ速度で成長していくことができず社会から爪弾きにされ、「死」を意識するようにまでなった子供たちを助けようと奔走する。そんな彼の生きるコースを、霧子とともに我々は見つめることになる。彼のコースは、今の日本社会が抱える大きな問題を浮き彫りにしていく。本書を読めば、我々はその問題を見つめながら、「生」について否が応でも考えていくことになるだろう。社会が抱える問題は、我々が抱える問題なのだから。

「――自分が大事で大事でたまらないって思えれば、その子供は絶対に死なない。それはそうだろう。世界でいちばん大事なものを失いたいって思う人間はいないからね。」


真藤 順丈 著『宝島』

文学部 4年生 Nさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 : 宝島
著者 : 真藤 順丈
出版社:講談社
出版年:2018年

青春は誰にでも訪れるものである。だが、過ぎてしまった青春は二度と取り返すことができない。しかし、小説を読むことで思い出すことができることもある。そこで、これから大学生活が始まるという人にも、もうすぐ社会人になるという人にも、当に青春が過ぎてしまった人にも味わってほしい青春小説として『宝島』をあげたい。

舞台は、アメリカ施政下の沖縄。「英雄」と呼ばれていたオンちゃん、その弟のレイ、親友のグスク、恋人のヤマコ。彼らは米軍基地から物資をかっさらう「戦果アギヤー」と呼ばれる少年少女である。彼らは、オンちゃんを中心に固い絆で結ばれていた。だが、嘉手納空軍基地への侵入に失敗。オンちゃんは行方不明となり、その代わりに基地からは「予定外の戦果」が持ち出された。時は流れ、大人になった3人はそれぞれの道を歩み始める。琉球警察に勤めながら米軍情報部と繋がりを持ったグスク。本格的なアウトローとなったレイ。教師となり沖縄返還活動に励むヤマコ。だが、彼らはいつまでもオンちゃんの面影を忘れることができずにいた。基地から持ち出された「予定外の戦果」とは一体何なのか?また、消えたオンちゃんの行方は?奪われた沖縄を取り戻すため、少年少女は立ち上がる――。

本著は、直木賞、山田風太郎賞を2冠達成し、まさに骨太な傑作と言えるのだが、オススメする理由はそれだけではない。1つは、独特な語り口で沖縄が今現在も抱える社会問題を軽快なテイストで描きあげる作者の表現力の高さ。2つは、「予定外の戦果とは何か」「オンちゃんの行方はどうなったのか」というミステリー的要素も踏まえてあり、読者を飽きさせないこと。3つは、困難や人との付き合いに悩み苦しみながらもひたすらに前を向き続けるグスク、レイ、ヤマコの3人から青春小説の面白さを堪能できる。これらの理由から、本書をぜひ一読して頂きたい。