「4-1. 教員おすすめ (推薦本、本の読み方など)」カテゴリーアーカイブ

[藤棚ONLINE] 理工学部・須佐先生推薦本 『宇宙はなぜこんなにうまくできているのか』

図書館報『藤棚ONLINE』
須佐 元 先生(理工学部) 推薦

 「宇宙はなぜこんなにうまくできているのか」という問いを発すること、あるいはこの事実に感嘆を覚えることができれば物理学の面白さの一端を掴んだ、ということになると思います。著者は極めて優れた素粒子物理学者・宇宙論学者ですが、可能な限り平易な言葉で物理学の面白さ、もっというとこの世界の不思議な調和について述べています。

 我々の住む宇宙は人類が住むのに適したように、とても微妙に調整されています。様々な物理定数、例えばクオークの質量が少し違うだけで、この世界は似ても似つかないものになってしまいますし、宇宙が膨張する速度と「ダークエネルギー」の大きさとは不自然とも思える調整が行われ、宇宙に銀河や星、ひいては生命が誕生するのに適した環境が実現されています。そしてこの「不思議さ」は、それをよりシンプルな理論によって説明し、解消しようとする新たな研究の原動力となります。

 この本では「自然科学の理論」についての考え方がそこかしこで語られています。
 自然科学の理論の本質は、複雑な自然現象の中に法則を見出しそれを説明することにあります。
 「自然界の原理や法則は、よりシンプルなほうが説得力がある。説明が複雑になればなるほど、そこには何か無理があるように思えてしまいます。」というくだりにあるように、できるだけ少ない法則によってシンプルに物事が説明できることがより良い理論の指標とされ、人はしばしばそこに美を見出し、深遠な宇宙の調和を感じることができます。
 理系の人にとってはもちろんですが、文系の学生の皆さんにとっても読みやすく親しみ易い文章で書かれている良書です。
 理論物理学や宇宙物理学について知りたいと思っている方にぜひ手にとっていただきたいと思います。


[藤棚ONLINE] 文学部・川口先生推薦本 『Re:ゼロから始める異世界生活』

図書館報『藤棚ONLINE』
川口茂雄 先生(文学部) 推薦

書名:Re:ゼロから始める異世界生活
著者:長月達平
出版社:KADOKAWA
出版年:2014年~

 情報とモノがあふれているウェブ以後時代、スマホ時代。どの商品を買えばいいのか、その商品にどういった価値があるのか、なかなかわからない、と感じる人が少なくない。口コミ、ユーザーレビューに頼るか? いやいや、ユーザーレビューなんて誰が書いているかもわかったものではない。では、なにか賞を受賞したモノなら良いモノだろうと判断するか?
 日本()の小説、特に芸術的に高い価値がある小説はどれだろうか。小説の価値の基準などというものは、他の芸術ジャンルでも同様だが、やはり単純に明確ではない。
 芥川賞を受賞している小説なら特に読む値打ちがありそう、だろうか。しかし、お笑い芸人のような人やテレビコメンテーターのような人が唐突に書いたものが候補作に選ばれたり、さらには受賞したりする様子を見て、この賞の価値を疑問視する見方が強まっていると言う人もいる。他方で、紙の本が売れなくなってきているスマホ時代にはそうした話題性も大事なのだ、大目に見てあげようではないか、という(大人の?)意見もあるかもしれない。たしかに。
 しかし、そうした最近の状況を度外視しても、考えてみればずっと何十年も前から、賞をめぐっては色々あったのだ。1935年の第一回芥川賞で太宰治が受賞しなかったこと、およびそれをめぐる経緯は、よく知られたものである。当時選考委員にはあの川端康成もいた。それから1979年・80年には村上春樹が候補に挙げられ、一定の評価を受けはしたが、結局二度とも受賞を逃している。事後的に今日の観点からすればなのであまり偉そうに言ってはいけないが、ともかくも、よりによって太宰と村上春樹という相当な水準の書き手の作品価値を見定められなかったというこれらエピソードは、賞の存在意義を高めるエピソードだったとは一般にみなされていないように思われる。(他方で芸術においては、あるいは芸術に限らず、何かを受賞しなかったことをむしろ名誉とするという反骨精神的な観点も時に見出される。若くして認められ賞なりを受ける者は一つ上の世代の価値観に迎合した側面があり、したがってそうした者は真に独創的ではなく、少し時を経たのち成熟期を迎えることなく早くに創造性の枯渇にいたらざるをえない……とするような。) このようなわけなので、やはり、そもそも個々の賞にどのくらいの意義があるかどうかについても、読者・消費者は結局そのつど自分で手間をかけて、みずから読み、自分なりの考えや判断を時間をかけて練ってゆくしかないものなのだろう。
 《ライトノベル》というジャンル呼称が定着して十数年が経つ。しかしその呼称が差す範囲ははっきりしていない。SF、ファンタジー、恋愛、職業、等々が内容だと漠然と言われたりする。だが、だとすれば、過去の既存“小説”もそれらを内容としていたと言えてしまわないか。そして、《ライトノベル》が“芥川賞の対象になりうる種類の小説”とは本質的に異なるのかどうか、まだ本格的に問われたことはないように見える。《ライトノベル》は“小説”というエクリチュールのジャンルよりも格下にすぎないのか。いや、あるいはむしろ逆に、今では《ライトノベル》の側がもはや“小説”など相手にしていないのであるのかどうか。またたとえば、カズオ・イシグロの最近の仕事は《ライトノベル》的ではないのかどうか? バルザックの『あら皮』は? トーマス・マンの『トニオ・クレーガー』は? ピンチョンの『競売ナンバー49の叫び』は? ガルシア=マルケスの『コレラの時代の愛』は?
 『Re:ゼロから始める異世界生活』は、《ライトノベル》であるという。芥川賞の候補にならなかったし、各大学の図書館にも普通は所蔵していない(そのことで各図書館に学生の皆さんは性急に苦情を言うにはおよばない、ご存じのように、歴代の芥川賞選考委員たちでさえいつも価値判断には苦労させられてきたのであるから)。だから読む価値はない、だろうか。それは―――そう、読者が自分で読んで判断すればいい。
 ただしこの作品を判断するのは、第6巻まで読み進めてからにすることを強く推奨いたしたい。第6巻(アニメ版を見るなら第18話)こそがこの作品の核心の部分であり、最も偉大な部分であると考えられるからだ。―――そこまで読み終えた読者は、改めてこう問いたくなるかもしれない。この途方もない作品は、ラノベなのか、小説なのか、いったい何なのか、と。でももはやそのようなジャンル分け・レッテル貼り自体がもしかすると、もう一度、ここでやり直されるべきなのかもしれない。新しく。すべてを、もう一度。何度でも。そう、ゼロから。


[藤棚ONLINE] 村嶋館長推薦本 『ノモレ』

図書館報『藤棚ONLINE』
図書館長 村嶋貴之 先生(フロンティアサイエンス学部) 推薦

甲南大学OPACリンク

書名:ノモレ
著者:国分拓
出版社:新潮社
出版年:2018年
配置場所:図書館1階開架一般 369.68//2002

 「息子たちよ、ノモレを探してくれ。」これはこの本の帯に書かれている一文である。ノモレとは仲間であり、100年前に逸れた仲間の末裔を探して欲しいという曽祖父たちの願いを表している。
 著者の国分拓は、これまでに大宅壮一ノンフィクション賞などを受賞しているNHKのディレクターである。本書はNHKスペシャルのための取材を元に書かれたノンフィクションであり、ペルー・アマゾンの集落の若き村長である主人公ロメウが、「100年前にゴム農園での搾取から逃れようとして森に消えてしまったノモレの末裔が、今もイゾラド(文明と未接触の先住民)と化して生きている」と信じ、ノモレを探し、接触を試みる顛末を記録にとどめたものである。
 最近になって未確認のイゾラドと思われる部族の目撃情報が増え、ロメウの部族であるイネ族が襲われるという事件が起こったため、そのイゾラドがノモレではないかと信じるロメウが粘り強く接触を試み、信頼関係を築く。こうして始まった、ロメウがノモレと信じるイゾラドとイネ族の2年に渡る交流のエピソードは感動的であるが、食料の支援が困難になったことなどから少しずつ齟齬が生じ始める。最終的に、イネ族の居留地に人が少なくなった隙にイゾラドが集落を襲い、イネ族は避難民となってしまう。それでもロメウはノモレとの邂逅を信じ、こうした活動を続ける。
 著者の緻密な観察眼を通して、文明と触れたことのない種族の反応が色彩や音まで感じられそうな筆致で表現されているあたりはノンフィクションの名手としての面目躍如たるものがある。また、ロメウの過去の経験に基づく独白に続いて、次の章でその過去の経験が述べられるといった構成で、時間が前後して語られる部分が複数あり、ノンフィクションとしては全容の把握に多少の引っ掛かりを感じるが、それが読み手の好奇心を刺激して、この「ロメウの物語」に躍動感を与え、命を吹き込んでおり、映像制作に携わる著者ならではの、カットバックの手法が生きた作品である。
 本書が問いかけるのは「イゾラドと文明は未接触のままで共存できるのか」という命題であるが、私が読後に最も強く感じたのは、高度に文明化された我々と自然と共存しているイゾラドの、どちらが幸せなのかという疑問であった。 いずれにしても、ロメウは今日もイゾラドを絶滅から守るための活動を続けている。ノモレに会えると信じて。  

 

【図書館事務室より】
 令和元年度より、図書館報『藤棚ONLINE』を始めました。『藤棚』はこれまで冊子で発行しておりましたが、より多くの方に閲覧いただくために、今後は図書館ブログを利用し、オンラインで発行します。
  『藤棚ONLINE』 では、図書館長や図書館委員の先生方によるおすすめ本の紹介や、本や図書館にまつわるエッセイなどを定期的に公開します。トップバッターの村嶋館長に続いて、各学部の先生方が執筆されますので、折々にご訪問ください。


岡村こず恵先生(共通教育センター)「人の役に立てる仕事に 巡り合うために、大学生時代 にやっておくべきこと」

 「人の役に立つ仕事がしたい」、そう考える人は少なくないでしょう。そんなあなたが注目すべきキーワードの一つに「参加の力」があります。これは「市民が様々な社会課題にかかわることによって発揮される力」という意味です。
 「なんだ、ボランティアの話か」と思った人は、「ボランティア活動=社会貢献活動」のイメージが強すぎるかもしれません。なぜなら、いまや「参加の力」は、単に社会に貢献するにとどまらず、社会や組織、そして参加する人自身をも変え得る力であると、行政だけでなく企業関係者の間でも注目を集めているからです。
 早瀬昇著『「参加の力」が創る共生社会 ~市民の共感・主体性をどう醸成するか』(ミネルヴァ書房)は、この「参加する力」が発揮された様々な社会の姿を描き出し、その意味を示すとともに、どうすればこの力が発揮されるかを解説しています。
 例えば、「ウィキペディア」。いまや290 以上の言語で提供され、インターネットにアクセスできれば、世界中の誰でも記事の執筆や修正に参加できる「オンライン市民参加型百科事典」です。約3,900 万件にものぼる記事の執筆や修正は、すべて無償で(つまりボランティア活動として)進められています。
 なんと、この仕組みの成長により、Windows で世界を席巻したマイクロソフトの「Microsoft エンカルタ総合大百科」という商品が、2009 年に販売中止に追い込まれました。1993 年からマイクロソフトが多額の資金を投じて開発してきた商品が、ウィキペディアの成長によって、市場から姿を消したのです。
 他にも市民の「参加の力」によって社会を動かした事例が複数紹介されています。本書によって自発性がもつ力に興味がわいたなら、NPO 等で様々なボランティアやインターン活動の経験を積んで、社会課題に対する自らの認識力や問題解決力を高めてください。本校の地域連携センターで、多様なボランティア活動情報が入手できます。

甲南大学図書館報「藤棚」(Vol.36 2019) より


伊東浩司先生(スポーツ・健康科学教育研究センター )「オリンピック憲章」

 新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。4年連続で図書館報「藤棚」を書かせていただきました。過去に書かせていただいた「藤棚」を読み返してみると毎年ながら月日が流れていく早さに驚いています。2018 年度に入学してくる学生の皆さんには、「学園のルーツ」というタイトルで書かせていただきました。自身の1 年を振り返ると、その前の年度の反省から、本や新聞を読む時間を増やすように意識をしてきました。特に、新聞を細かく読むようにしてきました。自身が担当する講義などで、新聞記事を紹介して、学生の皆さんの考えを聞いたりしました。いよいよ、来年には東京で、オリンピック・パラリンピックが開催されます。前回のリオデジャネイロ大会や前々回のロンドン大会などをテレビなどで観戦した方も多くいるかもしれませんが、今回は、時差のない日本での開催になります。これまで、そして、これからの人生の中でも、一番興味・関心を持ってスポーツをテレビ等で観戦することになると思います。そこで、皆さんにお勧めするのが、オリンピック憲章などが書かれている書物などを読むことです。皆さんもよく目にする五つの輪が描かれている五輪のマークは何を意味しているかご存知でしょうか。このお互い重なり合う五つの輪は、五つの大陸の団結と世界中の競技者たちがオリンピック競技大会に集うことを表していて、色も青、黄、黒、緑、赤と決められ、それぞれがどの大陸を意味していることだけでも知ることで興味を増していくことになるかと思います。また、青少年の教育やいかなる種類の差別もなく、友情、連帯そしてフェアープレーの精神なども謳われています。私の講義の中で、プロ野球の乱闘について意見を書いてもらうことがあります。乱闘は、フェアープレーの精神に反しないか、関係する人が全員出てくることが友情、連帯になるのかなど、真のスポーツとは何かを考えることばかり書かれています。ルール・ルーツなどの基本原則を知ることで、スポーツへの興味が増大すること間違いなしです。

甲南大学図書館報「藤棚」(Vol.36 2019) より


石井康一先生(国際言語文化センター)「読書――「考えること」」

 新入生の皆さんの入学とともに、この国の新しい時代が始まります。通学の電車の中ではスマホのゲームで時間を空費せずに、文庫本・新書を手に取りましょう。インターネットの情報に振り回されずにそれを使いこなす自分自身を大学時代に確立し、成長させていかなければなりません。読書は、人生を切り開いていくエネルギーなのです。

 書物を読むということは現実の体験なのです。体験の代替物ではありません。そしてそれ以上に、体験に枠組みと深さを与え、次なる体験へと導いてくれる何かなのです。
(四方田犬彦『人間を守る読書』文春新書 2007)

 入手しやすい最近の本の中から……今日の世の中を作り上げた平成の三〇年はどんな時代だったのか、思索の手掛かりを与えてくれるのが後藤謙次著『10 代に語る平成史』(岩波ジュニア新書2018)です。木村英樹著『中国語はじめの一歩〔新版〕』(ちくま学芸文庫2017)は、第2外国語として中国語を選択した人にも、他の言語を選んだ人にも、中国語を学ぶことの面白さや楽しさを伝えてくれます。そして、大学生として「考えること」の重要性を示唆してくれるのが、梶谷真司著『考えることはどういうことか――0 歳から100 歳までの哲学入門』(幻冬舎新書2018)です。

 私が「考えること」を通して手に入れる自由を強調するのは、現実の生活の中では、そうした自由がほとんど許容されていないからであり、しかもそれは、まさに考えることを許さない 、考えないように仕向ける力が世の中のいたるところに働いているからである。だから、自由になるためには、「考えること」としての哲学が必要なのである。(太字原文)

 一見実用書の小笠原喜康著『最新版 大学生のためのレポート・論文術』(講談社現代新書2018)も、「考えること」を形にすることの大切さを訴えかけてくれます。新入生の皆さん、勇気を持って大学図書館という豊かな海への船出を!そして4 年間の長くて短い旅が、充実した幸福な時間となりますように!

甲南大学図書館報「藤棚」(Vol.36 2019) より