Greetingご挨拶
これまでゲノムを構成する核酸は遺伝情報を保持する役割を持つ分子であり、タンパク質は遺伝子の発現を調節・制御する分子であると捉えられてきました。しかし、この既成概念を覆し得る事象として、ヒト細胞内で非二重らせん構造(三重らせん構造、四重らせん構造、十字型構造など)が、遺伝子発現を制御しているという報告が、近年、相次いでいます。例えば、がん遺伝子中に、四重らせん構造が形成されるとがん遺伝子の遺伝子発現が抑制されます。現在は、がんの活性化機構に及ぼす核酸構造の役割が注目されるとともに、核酸の構造を標的とした新規の薬剤の開発が世界的に進められています。
核酸の構造は、周辺の環境の影響を大きく受けてダイナミックに変化することが知られています。我々は、すべての生物において、核酸が周囲の環境を感知し、多元的に自身の構造を変化させ、主体的に遺伝子の発現を制御しているのではないか、と考えています。これまでのゲノム研究では、研究対象となる生物種ごとに核酸の構造や機能が解析されていましたが、物理化学的視点に基づけば、核酸の構造形成メカニズムは生物種に依存しないと考えられます。しかしながら、生物種の枠組みを超えて非二重らせん構造による遺伝子発現機構の類似点や相違点を解析した研究はこれまでに報告されていません。
本研究領域では、下記の2点を目指し、研究を遂行します。
1) 「多元応答ゲノム」の解明
環境に応答して多元的に変動する核酸構造に焦点を当て、生物種の枠組みにとらわれずに「多元応答」と位置づける遺伝子の発現調節を行う分子機構を物理化学的観点から解明していきます。そのため、生命を扱う学問分野を横断する形で、「多元応答ゲノム」という核酸構造に基づいた新たなゲノム機能の存在とその意義を提唱することを目指します。
2)多元応答を予測し、活用できるゲノムバンク (DiR-GB)の構築
本領域研究において、生物種に依存しない統一的な発現制御機構を解明し、これらの情報を集約した多元応答ゲノムバンク(Dimension Responsive Genome Bank (DiR-GB))を構築します。
DiR-GBの情報は、ヒト細胞内における核酸構造の役割への理解を深化させます。さらに、DiR-GBを活用することで、標的とした生物(ヒトのみならず、ウイルスや植物まで)の多元応答を予測し、化学的なアプローチで生命現象を制御する技術を開発できると期待されます。DiR-GBは本領域のHPで公開し、医工学、農学、材料化学など幅広い分野の発展研究に展開できるよう努めます。
本領域研究では、領域研究終了後にDiR-GBを活用した研究に発展できるよう、まずは「多元応答」機構を徹底的に解明することを目指します。
Project Outline領域概要
本領域研究では、「多元応答ゲノム」の分子機構およびその生理学的意義を明らかにします。そのために、他分野の研究アプローチを融合させ、下記の研究を段階的に推進します(図1)。
[1] 分析化学・情報科学的なアプローチにより、全ゲノム配列が解読されている様々な生物から核酸の非二重らせん構造を形成可能な情報を解析し、多元応答を示す核酸の“構造情報”を知る。
[2] 物理化学・生化学・無機材料科学的なアプローチにより、実細胞内における非二重らせん構造の直接的観測、細胞モデル系における環境変化に応答した核酸構造変化の物理化学的パラメータを基に、核酸構造に依存した多元応答の“分子機構”を知る。
[3] 分子生物学・植物科学的アプローチにより、非二重らせん構造に応じた遺伝子の発現変動を解析し、細胞や個体の表現型の変化との相関を示すことで、多元応答による生命現象の“制御機能”を知る。
さらに、[1]~[3]によって得られるデータを集約し、世界初となる、様々な生物種において多元応答を示す核酸構造を集約したデータバンク(多元応答ゲノムバンク:Dimension Responsive Genome Bank (DiR-GB))の創製を目指します。
(詳細な研究計画は研究内容の紹介ページをご参照ください。)