Konan PsychLing

大人気ないけどもう一つだけどうしても気になること

どーーーーーーーーーーしても気になるところがあって,ちょっとだけ言及させてください。to与格構文(やfor与格構文)と二重目的語構文の交替,いわゆる「与格交替 dative alternation」の話ですね。(「ちょっとだけ」のつもりがけっこう色々調べものするはめになった……)

いやいやいやいや。

まず,「生成文法ではまあ変形,形を変えるっていう風に考える」って,60年代〜70年代くらいまでの初期の生成文法(いわゆる変形生成文法 transformational generative grammar)に見られた考え方ですよね。80年代以降の生成文法では「変形」という考え方は否定され,「派生」という考え方に一本化されています。そして,「派生」には必ずそれを駆動するなんらかの動機が必要と考えられているので,構文が理由もなく自由に交替するという考えはもはや取っていません。

それから,「認知文法では形が変われば意味も変わると考える」って,生成文法でもそう考えられてますよ!!

次が一番ひっかかるんですが,「生成文法は,意味と文法っていうのは切り離して考えるものであるって考えるのに対して,僕らはくっついてると,切っても切り離せないものだっていう」……いやいや,チョムスキーが有名な"Colorless green ideas sleep furiously."という例文(Chomsky, N. 1957, Syntactic Structures)で示そうとしたのは,統語論の自律性(意味計算が破綻する文でも統語計算が収束することがある)であって,「形と意味はまったくの別物である」と言おうとしたわけじゃないですよ。

むしろチョムスキーは生成文法の役割について,音のインターフェースPFと意味のインターフェースLFに対して「構造記述」と呼ばれる「指示(instruction)」を供給すると繰り返し述べています。つまり,生成文法においては,統語構造「こそ」が「意味」を体現しているのです。ぼく自身は必ずしもそういう考えには賛同しませんが(命題レベルの意味のすべてが統語構造にエンコードされているわけではないと考えていますが),生成文法では統語構造=意味構造なんです。

それから,次の,「二重目的語構造が所有関係,to与格構造が移動を表す」というのも,一番最初に指摘したのが正確に誰なのかちょっとわかりませんが,少なくともGreen, G. 1974. Semantics and Syntactic Regularity と Oehrle, R. 1976. The Grammatical Status of the English Dative Alternation まで遡れます。認知文法が台頭する前の話ですし,そもそもこのGreen (1974)もOehrle (1976)も変形生成文法の枠組みで書かれています。後者はMITの博士論文です。両者とも変形生成文法時代の分析ですが,両者とも,「二重目的語構造が所有関係,to与格構造が移動」という条件を提示しています。もっといえば,Oehrle (1976)に至っては最終章で,「与格交替は変形規則で考えるより,最初から別の構造に基底生成されると良いだろう」と言っています。つまり,「二重目的語構造が所有関係,to与格構造が移動を表す」というのを変形の条件と考えるより,「所有関係を表す場合は二重目的語構造,移動を表す場合はto与格構造になる」と最初から考えた方がいいと言っているんです。

研究史的には,「二重目的語=所有,to与格=移動」の考えはその後PinkerやLevinなどの語彙分解意味論に受け継がれ,定説になっています。PinkerやLevinが生成文法かと言われると,微妙ですが,Pinkerなどはかなり頑強な生得論者として知られており,むしろ構文文法と対立しています。(てゆうか,上記YouTubeの該当箇所は認知文法の体で話していますが,構文文法とごっちゃになっていませんか?)だから,「二重目的語=所有,to与格=移動」という一般的な観察は別に構文文法の専売特許ではないんです。

↓ Pinker, S. 1989. Learnability and Cognition, p.211 より。典型的な語彙分解意味論のアプローチで,前者がto与格に投射され,後者が二重目的語構文に投射される。統語構造に移動や所有の意味を持たせるのではなく,意味構造にそれらの意味を持たせている。

さらに,1980年代終わりごろからの生成文法の主流では,Hale, J. and Keyser, S. 1993. "On argument structure and the lexical expression of syntactic relations"を皮切りに,Borer, H. 1994. "The projection of arguments", Pesetsky, D. 1995. Zero Syntax, Kratzer, A. 1996. "Severing the external argument from its verb", Pylkkanen, L. 2002/2008. Introducing Arguments などなど,見えない機能範疇が統語構造上で意味を先導する,Levinが「ネオ構文主義」と呼ぶアプローチが爆発的に広がっていきます。与格交替についても,Pesetsky (1995)やHarley, H. 2002. "Possession and the double object construction"でははっきりと,二重目的語構文とto与格構文に異なる構造と意味を付与しています。

↓ Harley, H. 2002, p.32 より。Levinらが「ネオ構文主義」と呼ぶアプローチで,(しばしば音形のない)機能投射を媒介することによって統語構造に豊かな意味構造を実現させるという,生成文法ではポピュラーな考え方。上がto与格構文,下が二重目的語構文の構造で,統語構造自体に物理移動や所有権移動の意味が表示されている。

さらに,Rizzi, L. 1997. "The fine structure of the left periphery" や Cinque, G. and Rizzi, L. 2008. "The Cartography of Syntactic Structures" など,ものすごい量の機能範疇を積み重ねる「カートグラフィー」と呼ばれるアプローチが支持を集めるなど,生成文法における統語構造はむしろ過剰なまでに意味を体現するようになってきています。

↓ Rizzi, L. and Cinque, G. 2016. "Functional Categories and Syntactic Theory." p.149 より。意味機能によって非常に詳細に細分化された統語構造が仮定されている。

このように,意味をとことん統語構造に反映させるのがむしろ生成文法の主流になっています。Goldbergらの従来の構文文法と同じく「語彙意味論を小さくして統語構造に意味を持たせる」ということで,この生成文法のアプローチは「ネオ構文主義 neo-constructionist」と呼ばれることがあります(Rappaport Hovav, M. and Levin, B. 1998. "Building Verb Meanings", etc)。ただ,もちろん伝統的な構文文法と異なるのは,構文文法では構文自体がそのままテンプレートを成しているのに対し,生成文法のネオ構文主義では,意味を成している「構文」のように見える統語構造の骨格はあくまで「派生の結果」にすぎないと考えている点です。

まとめると以下のようになるかも。

Constructionist or not?* Derivation-based or not?**
Construction Grammar Constructionist Not derivational
Generative Grammar Constructionist Derivational
Lexical Semantics Projectionist Derivational

…… ちょっとだけ書くつもりが長くなってしまいましたが,とりあえず,「生成文法は形と意味を切り離して考えている」というのが非常にミスリーディングであることはわかっていただけたでしょうか。てゆうかむしろ生成文法こそ強固に「形は意味を体現している」を信奉している理論だと言えます。

繰り返しておきますと,ぼくは必ずしも生成文法のそういうアプローチに全面的に賛同しているわけではありません。ただ,生成文法は形と意味を別のものと考えているというのは違うだろうと指摘したかっただけです。

ちなみに昨年の日本言語学会で配信されたチョムスキーの講演では,過度に意味を統語構造に反映させるカートグラフィー的アプローチに対してどちらかと言えば否定的なことを言っていましたね(*)。言語固有でない言語の側面を極限まで削ぎ落として純粋に言語固有の計算システムを浮き上がらせようとするstrong minimalist thesisを推進しているチョムスキーからするとある意味当然の流れだとも思いますが,今後生成文法がネオ構文主義的なアプローチから離れる可能性もあるかもしれません。

当該レクチャーの動画を見返してみたんですが,カートグラフィーへの言及が見つからない……端から端まで見返せてないのですが。論文で見たのかも……記憶が曖昧ですみません。また見つかったらアップデートします。

いずれにしても,状況がかつてなく混沌としてきて面白いです。伝統的な語彙分解意味論と形式意味論の接近とかも面白いんですが,そういう話はまたの機会に。


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