生殖細胞とは何か?

 私たち多細胞動物の体は大きく分けると、体細胞系列と生殖細胞系列という2種類の細胞系列の細胞からできています。私たちの 顔、手、足など普段よく目にする部分は体細胞系列の細胞から構成されています。個体の生活や生存に活躍するのは、主に体細胞で す。これに対して、生殖細胞系列の細胞は、配偶子(卵や精子)を作り出す役割をもち、生物種の連続性を保つために必要な細胞で す。体を作り出すための遺伝情報を卵や精子が運び、これらが融合することで次世代の細胞(受精卵)が作られます。生殖細胞は、ヒ トという生物種の存続に必須の細胞で、基礎医学的に重要な細胞です。
 また、身近な所で、ニワトリの卵、タラコなど動物や魚の卵は、私たちの食生活や畜産、水産業などの産業とも密接な関係をもって います。このように、生殖細胞は古くから知られ、ヒトの生活に深くかかわっています。しかし、どのような仕組みで生殖細胞が作り 出されるのか完全には分かっていません。

ショウジョウバエを使って生殖細胞の研究をする

 キイロショウジョウバエ(ショウジョウバエと略記します)は遺伝学の研究に使われているモデル生物の一つです。ショウジョウバ エは、体長数ミリのハエで、飼育がしやすく、(1)これまでに数多くの突然変異系統が作り出されている、(2)ショウジョウバエ のゲノムDNAの塩基配列が明らかになっている、(3)比較的簡単に遺伝子導入をすることができるため、遺伝子の機能を調べるこ とに適しています。
 もう一つ、ショウジョウバエは生殖細胞の研究に適した性質をもちます。ショウジョウバエの受精卵には、生殖質という特殊な細胞 質が含まれ、この細胞質を供給された細胞が将来生殖細胞になる細胞、始原生殖細胞になります。この細胞だけが生殖細胞に分化する ことができ、これ以外の細胞は体細胞になることが知られています。また、生殖質(おそらく生殖質に含まれ、母親から供給されるタ ンパク質やRNA分子)が生殖細胞の形成に必要十分であることが実験的に示されています。
 私たちは、始原生殖細胞に供給される母性タンパク質に注目し、始原生殖細胞が生殖細胞特異的な遺伝子発現を確立するための分子 機構、つまり、生殖細胞が生殖細胞自身で「生殖細胞らしさ」を獲得する仕組みの解明に挑戦しています。また、生殖細胞は、生殖細 胞だけで配偶子に分化できず、生殖細胞の周囲を取り囲む特殊な体細胞が生殖細胞の分化を助ける働きをもつことが知られています。 そこで、生殖細胞と体細胞の間の「コミュニケーション」に注目し、生殖細胞の分化の仕組みを明らかにしようと試みています。
 ショウジョウバエを使った遺伝子の機能解析が、ヒトの遺伝子の働きを理解するための助けになることが分かってきています。私た ちもショウジョウバエの生殖細胞の形成機構を遺伝子レベルで解析することで、基礎医学などの分野に貢献できると考えています。

(向 正則)