研究内容

プロジェクトの意義と目的

  最初の生命体(細胞)が地球上に現れてから40億年とも言われる生物の歴史は、生物とそれを取り巻く環境との相互作用の歴史である。環境との相互作用のなかで、生物はその資源を利用し、また危険から身を守る術として、環境の情報(温度、光、音、化学物質、重力、物理刺激、電気、磁気など)を感知し応答する能力を獲得した。ヒトを含む多細胞動物では、環境に応じて個体の調和と統御をはかるために、特殊化した感覚細胞が外部環境を感知するとともに、体内で細胞どうしがコミュニケーションをとり、ネットワークを形成している。こうした動物個体が環境の変化に対して応答し順応するしくみの理解は、地球環境の変化やヒトの医療・健康にもつながる重要な課題である。
  本研究プロジェクトでは、動物が環境変化に応答し順応する機構を、個体>細胞ネットワーク>細胞>分子シグナル>ゲノム情報の各階層レベルを統合して明らかにする。個体の環境応答は細胞ネットワークの機能であり、その正確な理解には、個々の細胞の理解とネットワーク全体の理解の双方が必要である。しかし、ヒトの体は60兆個の、マウスでも数百億個の細胞からなるシステムであり、個々の細胞レベルで理解することは困難である。そこで、本プロジェクトでは、受精から個体の完成まで数日以内に完了し、体が小さく透明で、個体まるごとの中で個々の細胞を同定・追跡することが可能なシンプルなモデル動物であるホヤと線虫を主に用いる。個体レベルの解析を軸として、ゲノム科学、生化学、構造生物学、光遺伝学、細胞形態学、生体材料学など、多様な手法を組み合わせた解析を行う。個体レベルでゲノム機能解析が容易な、これらのシンプルなモデル動物を用いることにより、高等動物では実現が困難な、高分解能の細胞ネットワーク機能とその動作機構の解明を可能にする。
  近年の技術革新により、生物学はめざましい進歩をとげている。その一方で、先端化と細分化が進み、全体を見通すことが難しい状況も発生している。しかし、生命現象は分子・ゲノム・細胞のレベルから個体、集団、地球環境にいたるまで連続的であり、どれか一つを取り出して詳しく理解しても本当に生命を理解したことにはならない。ここで必要とされるのは、関連分野に関する深い知識を基礎としながらも、全体を概括的に評価する統合生物学の視点である。日本学術会議は、人間と自然が良好な関係を保ち、人間社会を持続可能にするための知的活動の中核を担うのが統合生物学であるとし、その推進と人材育成の重要性を提言している。本研究プロジェクトが研究対象とする脳・神経系は分子・細胞が高度に組織化され、環境の変化に応じて機能するものであり、統合生物学によってはじめて深い理解が可能となる。