囲碁団体戦でリベンジ優勝!
兵庫県代表として全国の頂点に立つ!!
歳安輝さんにインタビュー

NEWS!『甲南人』の活躍 > カルチャー
2025.3.21
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文化庁、全国高等学校文化連盟などが主催する全国高等学校総合文化祭。
全国から強豪が集まる囲碁部門を制したのは、兵庫県代表チームでした。
昨年度2位の雪辱を果たすべく挑んだ対局は激闘の結果、見事優勝。

2年連続で代表を務めた歳安 輝さんに、囲碁競技のことや魅力について尋ねました。

 

 

 

 

 

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

歳安さんは囲碁の全国大会で優勝されたそうですね、おめでとうございます!

 囲碁はいつ頃から始めたのですか?

 

 

 

歳安 輝さん

 

小学校4年生で囲碁と出会いました。

幼少期から考えて解き明かすことが好きで、最初は将棋を始めて、小学校3年生で二段を取得しました。

その後、近所の方に「囲碁のほうが自由度が高いよ」と勧められ囲碁に興味をもちました。

4年生の終わりごろ、初めて囲碁教室を訪れました。

 

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

初めての囲碁教室はいかがでしたか?

 

 

 

歳安 輝さん

 

昭和にタイムスリップしたような教室でした。

ご高齢の先生から「将棋が二段とはまだまだだな」と言われて負けん気に火がつき、先生を負かすつもりで囲碁に転向を決めました。

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

先生との出会いがあって、囲碁を始められたのですね。

 囲碁はどのようにして上達されたのですか?

 

 

 

歳安 輝さん

 

教室に通い始めたものの、すぐには対局をさせてもらえませんでした。

初歩の過程を終えると、次は詰碁(碁の局所的な戦いを問題にしたもの)です。

他の子たちが対局するのを横目に、自分は壁に向かい正座で詰碁をひたすら解き続ける日々。この時期で一万問は解きました。

 

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

一万問ですか!

 その後はどうなったのですか?

 

 

 

歳安 輝さん

 

それからやっと対局するのですが、詰碁のあらゆる問題を解いたおかげで、またたく間にいくつもの大会で勝つようになりました。5年生で兵庫県3位になりました。

その後はプロ棋士の方に先生となっていただき、中学校3年生まではプロをめざして、一日10時間以上碁盤と向き合いました。

 

 

 

猛者揃いの兵庫県で2年連続代表を務め、全国優勝へ

 

※個人情報保護のため画像の一部に処理を施しています。

 

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

全国大会での優勝について教えてください。

 

 

 

歳安 輝さん

 

全国高等学校総合文化祭では、囲碁団体戦の県代表に2度選ばれました。

県代表は学年も高校もバラバラで実力で選ばれますが、兵庫県はトップレベルの実力者揃いで油断できません。

三年生である今年度は受験勉強でしばらく囲碁を離れており、代表の座をつかめるかどうかはギリギリでしたが、なんとか勝ち取りました。

 

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

県代表は学年も学校も関係なく選ばれるのですね。

 団体戦はいかがでしたか?

 

 

歳安 輝さん

 

囲碁の団体戦は主将、副将、三将の3人1組のチームで戦います。

1回の対局で3人中2人以上が勝てば勝ちです。

昨年度の大会では勝ち進んでいたものの、最後に負けを喫して、惜しくも準優勝でした。

今年度は自分が一番年上だったということもあり、一局ごとに気を抜かないよう声を掛け、チームの気合や集中力をひっぱりました。

 

 

 

歳安 輝さん

 

団体戦は2日間に渡り、計6回対局します。

3人中1人がダメでも、あとの2人がカバーして勝つことが何度もあり、パズルのピースがピタリとはまっていくように、良い波に乗っているような感覚で試合が進みました。

「全員が勝たなくてもいい、とにかく自分のやれることをやる」と、3人の意識が合致し、互いの信頼が伝わる中、全員が実力をフルに発揮できたと思います。

結果、兵庫県として団体戦の優勝・文部科学大臣賞に輝くことができました。

本当にうれしくて、その日はずっと楽しく、みんなが高揚感に包まれました。

 

 

 

囲碁を通して世界中で最高の仲間と出会いたい

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

甲南高校の囲碁部は歳安さんが立ち上げたとお聞きしました。

 高校に入ってから、部活動に参加されるようになったのですか?

 

 

 

歳安 輝さん

 

囲碁の世界は、プロをめざす場合ほとんどが幼少期から院生(プロの卵)になります。

私は中学校1年生で院生になれる実力があったのですが、プロをめざすなら飛び級がしたいと考えていました。

当時は学校から帰るとすぐに囲碁の勉強を始め、土日は大阪の教室やプロ棋士の先生に合宿で指導を受けるなど、囲碁漬けの毎日でした。

 

 

歳安 輝さん

 

囲碁は15歳くらいまでにプロになっておかないと、将来が厳しいといわれています。

始めた年齢が遅かった私は、囲碁の勉強を続けるうちに限界を感じ、中学校3年生でプロへのこだわりを捨て、囲碁を楽しんでやっていこうと方向転換しました。

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

なるほど、方向転換の結果、高校での部活動につながっていくのですね。

 

 

 

歳安 輝さん

 

高校生になり、まずは学校に囲碁部がなかったので自分で立ち上げました。

強い部をめざし、友人たちを部員に勧誘。私自身は囲碁七段ですが、私のもてる全知識を注いで特訓した結果、ほぼ素人だった部員たちが1人は五段、2人は六段にまで成長しました。

本人たちの努力はもちろんですが、よく自分を信じてついてきてくれたと思います。

一度、囲碁部の名門・灘高校と対局したのですが、私たち甲南高校が勝利したほど、本当に強い部になりました。

 

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

高校から囲碁を始めて、灘高校に勝つとはすごい上達ですね。

 部活動以外で囲碁の活動はされていたのですか?

 

 

歳安 輝さん

 

高校二年生の冬、日本だけではなく世界を見てみたくなり、全国トップクラスの実力者たちと一緒にアジア大会に挑みました。

プロや院生は参加できないアマチュアの世界一を決める大会ですが、900人以上の参加者のほとんどが韓国や中国の選手です。

韓国では囲碁のプロ棋士はプロ野球選手並みのスター職業で、選手の裾野も広く、強い選手ばかりです。

私が対戦した韓国の選手も、まるでAIのような正確な碁を打ちました。たまたま相手がミスをした一手から突き崩し、私が勝ちましたが、やはり世界はすごいと実感させられました。

このアジア大会で、私は9位に入賞。日本人の中で最上位でしたが、1〜8位を占める韓国勢に高い壁を感じました。

 

 

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

アジア大会で9位とはすごいですね!

 それでは最後に今後の目標を教えてください。

 

 

 

歳安 輝さん

 

大学生になっても囲碁は続けます。

日本の大会で全国優勝、アジア大会でも優勝を狙っていきます。

囲碁で戦った世界中の仲間たちとの交流もこれからの楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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