「なにこれ、わからん」それでいい
「わからない」を楽しむ!! 現代アート
「わからない」を楽しむ!! 現代アート
現代アートって、解釈が難しそう。わかりたいけど、何を表現したいのかわからない。そんなふうに感じているあなた、心配ご無用!じつは、「わからない」ということ、そのものが現代アートなんです。甲南学園長谷川三郎記念ギャラリー学芸員の松永亮太先生に、現代アートについて詳しくお聞きしました。 さあ、現代アートの世界へ一緒に出かけましょう。
Contents
・「わからない」に向き合うことが現代アート
・自分の見方を持つ「アート思考」という考え方
・現代アートにおける「保存修復」とは
・「わかる=アート鑑賞」ではない!
「わからない」に向き合うことが現代アート
KONAN-PLANET 記者
最近、現代アートが話題ですね。
松永 亮太 先生
そうですね。最近では、2025年春開館予定の鳥取県美術館がポップアートを代表する作家、アンディ・ウォーホルの作品を3億円で購入したことが大きなニュースになりました。
「洗剤のパッケージ」に3億円!?
美術館が購入した《ブリロ・ボックス》(1964年)という作品は、アメリカの洗剤付きタワシ「ブリロ」の配送用段ボール箱を模した立体作品です。「ただの箱に3億円!」と話題になりましたが、これも現代アートです。この箱を美術の文脈に置くことで、「身の回りのものと美術作品に何の差があるのか」を私たちに問いかけている、という解釈ができます。
KONAN-PLANET 記者
「ただの箱」がアートになる・・・
現代アートって、正直よくわかりません。
松永 亮太 先生
現代アートについて「よくわからない」という感想を持つ人は多いですね。現代アートって“何でもあり”すぎて、私も最初は苦手でした。ただ、今では現代アートはわからなくて当然で、その「よくわからない」という感覚に向き合うことが、現代アートの面白さだと感じています。
KONAN-PLANET 記者
「よくわからない」ことが現代アート?
えっと、どういうことでしょう・・・
松永 亮太 先生
20世紀までの美術は「見たまま」を忠実に表現した。
20世紀までの美術は、レオナルド・ダ・ヴィンチの《モナ・リザ》(1503年)のように、目に映るままを描いたりつくったりすることが一つの正解でした。当時、自然は神の創造物であると考えられていて、人々は徹底して自然を模倣することによって真理に近づこうとしたのです。
Portrait de Lisa Gherardini, dit La Joconde ou Monna Lisa | Image via Louvre Museum
そうした「視覚の芸術」を大きく変えたのが、1839年のカメラの誕生です。写真は一瞬で目に映るものを映し出すので、見たままを描く必要がなくなってしまった。「視覚の芸術」は終焉を迎え、「美術がやるべきことは終わった!?」と思われました。
それまでの美術を疑い、壊したのが20世紀以降の美術。
そこで、芸術家たちは「いや、まだまだ美術にできることはあるはず!」と、新しい「美術」を模索し始めます。見えるものを忠実に模倣するこれまでの美術を疑い、壊し、美術の本質に近づこうとした。そうした動きが、現代アートにつながっていきました。
KONAN-PLANET 記者
では、私たちは現代アートをどのように楽しめばいいのでしょう。
鑑賞のヒントを教えてください!
松永 亮太 先生
その前に、ちょっとしたクイズをしてみましょう。下の写真を見て、見えているものをそのまま答えて下さい。
KONAN-PLANET 記者
見えているもの・・・「キリン」ですかね?
松永 亮太 先生
そうですね、ほとんどの人が「キリン」と答えます。でもよく見ると、見えているものといえば「木」でもいいし、「草原」でもいいし、あるいは「写真」でもいいわけです。けれども、私たちは、「この場合の正解はキリンだろう」と、瞬時に「正解」に目がいく。
それはなぜかというと、これまでの社会が1つの「正解」に向かって進んできたからです。「正解」を求める社会が、知らないうちに、私たちのものの見方のベースになっているんですね。
現代アートは「正解」を疑うことから始まった
それに対して現代アートは、20世紀までの美術の「自然を模倣する」という「正解」を疑うことが出発点になっています。「美術って、そもそも何?」という、よくわからないことに向き合うのが現代アートですから、「わからない」と感じるのは当たり前なんですね。
「なにこれ、わからん」を受けとめ、楽しむ
先ほど紹介したウォーホルの《ブリロ・ボックス》を見たときに、おそらくほとんどの人が「なにこれ、わからん」となると思うんです。そういう感覚をまずは受けとめて、大切にしてほしいと思います。
自分の見方を持つ「アート思考」という考え方
KONAN-PLANET 記者
最近、「アート思考」という言葉をよく耳にします。
どういう思考なのでしょうか。
松永 亮太 先生
「アート思考」とは、見えなかったものを、見えるようにすること。
アート思考とは、「見えなかったものを見えるようにする」「自分の見方を持つこと」だと私は考えています。
たとえば、現代アートの父と呼ばれるマルセル・デュシャンの代表作に《泉》(1917年)という作品があります。これは便器をそのまま使用した作品で、アートを「視覚」で楽しむものという固定観念から解放し、頭でみる、つまり「思考」で楽しむものにまで広げようとした重要な作品です。
マルセル・デュシャン「泉」1917 (出展:ja.wikipedia.org/wiki/泉_(デュシャン))
現代アートの鑑賞が「アート思考」のヒントに。
現代アートの表現は、自分は世界をどう見るかという「自己の批評性=クリティカルシンキング」があって初めて成立します。「デュシャンさんは何をしようとしたのかな」と考えることで、自分にない思考が生まれたり、新しい視点を持つきっかけになったりするわけです。
自分の興味・関心から掘り下げていき、世の中の常識や規範ではなく、自分なりのものの見方で世界を見つめ探求していくプロセスがアート思考であり、この正解のない時代に注目されている考え方です。現代アートはその探求のヒントになると思います。
現代アートにおける「保存修復」とは
KONAN-PLANET 記者
松永先生は美術作品の保存修復を専門とされているそうですね。
現代アートの保存修復とは、どういうことをするのでしょう。
松永 亮太 先生
現代アートの「保存修復」はクリエイティブな営み
保存修復というと壊れた作品を直すイメージだと思いますが、現代アートによって美術の概念が広がったことで、それだけでは対応できない色々な事例が出てきています。現代アートの保存は「変化する“ナマモノ”をどう保存するか?」そんな矛盾への挑戦なんです。
保存修復から見た現代アートの特徴
■ 変化の早い素材を使った表現
長持ちしない段ボールでつくられた作品、本物のサメをホルマリン漬けにした作品、花粉を床に敷き詰めた作品などは、短い時間で劣化してしまう。
■ 時間・空間的変化を含む表現
絵画は一定の状態にあるが、ビデオは始まりと終わりがあり、パフォーマンスはその一瞬しかない。海に置かれた作品は潮の満ち引きでも変化してしまう。
■ 非物質的な要素を含む表現
デジタルアートをはじめ、料理をふるまうという表現や、4分33秒間なにも演奏しない曲など、物質以外が重要な作品もある。
現代アートの保存修復は、「壊れたモノを直すこと」ではなく、そもそも「何を保つのか」を考えることです。なので、まず、その作品のモノを残すべきかどうかを見極める必要がありますし、そのうえで、その作品の何を保とうとするのかを問う必要がある。保存修復とは保守的なことだけではなくて、作品自体のあり方を考えるクリエイティブな営みなんです。
「わかる=アート鑑賞」ではない!
KONAN-PLANET 記者
松永先生が学芸員を務める
「長谷川三郎記念ギャラリー」についても紹介をお願いします。
松永 亮太 先生
抽象絵画の先駆的画家、長谷川三郎
長谷川三郎は、日本に抽象絵画をもたらした画家として知られています。甲南学園の卒業生ということで甲南中高内の「長谷川三郎記念ギャラリー」では作品・資料を数百点保管しており、2024年12月まで企画展示を開催していますので、ぜひ足を運んでみてください。抽象絵画、つまり目に見えないものを描くということは、当時はかなり先進的なことでした。時代の先駆者として活躍した画家が甲南にいたことを知ってもらいたいと思います。
長谷川三郎記念ギャラリー 展示風景
KONAN-PLANET 記者
ちなみに先生は、どんなふうに
現代アートを楽しまれるのですか。
松永 亮太 先生
美術館では一通り作品をみてから興味を惹かれた作品に戻ってじっくり観るタイプです。何か気になる作品を一つでも見つけて、解説などを取っ掛かりに、自分で感じたことと作品の背景の間を行き来しながら「わからない」を楽しむのもおすすめです。
KONAN-PLANET 記者
ここまで読んで、少しでも現代アートに興味がわいてきたかも!
という人たちに、メッセージをお願いします。
松永 亮太 先生
必ずしも「わかる」ことが美術鑑賞ではありません。「このアーティストは、こういう風に世界を見ているんだな」と感じるのもいいですし、知識も情報もなくただ作品に向き合ったり、作品からエネルギーをもらうだけでもいい。そうして得た感情や、新たな視点や考え方を日常や仕事にも生かしていけると、普段の生活がより豊かに色づくのではないかなと思います。
- 今回お話しを聞いた人
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甲南学園長谷川三郎記念ギャラリー学芸員 松永 亮太先生
1992年、神戸市生まれ。甲南女子大学文学部メディア表現学科講師、甲南学園長谷川三郎記念ギャラリー学芸員。東京藝術大学大学院美術研究科(文化財保存学専攻保存修復油画領域)修士課程修了。油彩画の制作から修復へ転向し、これまで東京藝術大学大学美術館や横尾忠則現代美術館など複数館で保存修復担当を務める。現在は、現代美術のなかでも変化を含む作品や非物質的な作品の保存について研究している。