(引用元:イノセンス・プロジェクト・ジャパンホームページより)
——団体設立のきっかけを教えてください。
笹倉:10年ほど前、アメリカに在外研究に行った際に、ワシントン州シアトルにあるワシン
トン大学で、同大学ロースクールにあったイノセンス・プロジェクト・ノースウェス
ト(現ワシントン・イノセンス・プロジェクト)の活動に参加しました。そこで実際
に事件を担当し、現地の弁護士さんたちや学生たち、当事者と関わるうちに、絶対に
日本にも必要な活動だと考えました。当時、日本では、「イノセンス・プロジェクト」
の活動の存在自体は知られていましたが、本格的に紹介されていたわけではありませ
んでした。この活動をより多くの人に知ってもらいたいと思っていた時に、タイミン
グ良く立命館大学で設立の動きがあることを聞き、私もメンバーとなって立ち上げる
ことになりました。
アメリカではイノセンス・プロジェクトなどの活動を通して多くのえん罪(*1)事件が
救済されただけではなく、えん罪の原因を明らかにして検証し、えん罪防止の仕組み
までが作られています。このように、イノセンス・プロジェクトなどの活動を契機と
して、アメリカでは大きな司法改革を生んでいるのです。日本でも同様のことを実現
できないかと考えました。
罪なき人の人生が奪われていることへの怒りや、現在の刑事司法制度を変えなければ
ならないという思いもあります。日本の刑事司法を変えるために、新たな取り組みが
必要だと考えたことがきっかけです。
*1:えん罪とは…実際には罪を犯していない人が犯人として疑われたり、有罪と判断されたりすること。
IPJの事務局長を担う笹倉香奈氏(甲南大学法学部教授)
(2024年5月29日,榎本日菜撮影)
——学生のボランティアも多く活動していらっしゃるようですが、専門家に比べて経験が浅
く、未熟な点が多いと思います。それでも学生をボランティアとして受け入れる意味を
教えてください。
笹倉:弁護士や研究者・科学者などの専門家だけではできないことがあるからです。専門家
は、えん罪を晴らすための専門的知識を提供することや弁護活動を行うことはできて
も、それ以外はできないことも多いのです。えん罪事件を晴らすためには、もちろん
科学的証拠など、新たな証拠を見つけ出すことも必要ですが、それだけでは「えん罪
をなくす」という根本的な問題の解決には至りません。社会的な運動としても盛り上
げていくことが必要不可欠です。しかし、それは専門家だけではできないことであり
、若い世代にもえん罪問題やイノセンス・プロジェクトの活動を知っていただき、一
緒に取り組む人を増やしていく必要があります。そのため、学生がボランティアとし
て活動してくれることは、大きな意味を持ちます。
——実際に活動に参加されている学生ボランティアのみなさんにもお話を伺います。
この活動に参加して、考え方が変わったことや、経験できてよかったことなどがあれば
教えてください。
西村:イノセンス・プロジェクト・ジャパンの活動に参加しなければできなかった経験とし
て、2023(令和5)年3月に行われた今西事件(*2)に関するシンポジウムの開催をお手
伝いしたことや、2024(令和6) 年3月に「神戸質店事件に関するシンポジウム」を企画
・運営したことが挙げられます。今西事件も神戸質店事件も、イノセンス・プロジェ
クト・ジャパンが現在支援している事件です。
今西事件に関するシンポジウムでは、学生は受付やタイムキーパー、パネルディスカ
ッションでの司会等を他大学の学生さんと協力しながら担いました。当日は多くの方
が足を運んでくださり、被告人とされてしまっている今西さんの支援の輪が広がって
いることを、初めて自分の目で見ました。神戸質店事件に関するシンポジウムは、私
たち学生が一から企画・運営を担い、裁判に関わる弁護士の方や、心理学者、本事件
で被告人とされてしまっている方のご友人に登壇いただいたりしました。登壇者の方
と自分たちで連絡を取ったり、企画・運営をしたり、当日のイベントのスケジュール
管理をしたりすることはこの活動に関わったからできたことです。
このような経験をしたうえで社会に出られるのは、ボランティア活動に参加するメリ
ットだと思います。
*2:今西事件とは…今西貴大さんが2歳のA子ちゃんに暴行を加えて死亡させたなどとして傷害致死罪、
強制わいせつ致傷罪、傷害罪について起訴された事件。イノセンス・プロジェクト・ジャパンは、
本件が重大なえん罪事件であると考えており、今西貴大さんのえん罪を晴らすために支援してい
る。一審(大阪地裁)は傷害罪について無罪判決を言い渡したが、強制わいせつ致傷罪と傷害致
死罪について懲役12年の有罪判決を言い渡した。2024年6月現在、控訴審係属中(大阪高裁)。
2024(令和6) 年3月に開催された神戸質店事件に関するシンポジウムの様子
(引用元:甲南大学地域連携センターウェブサイトより)
京本:昨年の8月頃に今西事件の当事者の今西貴大さんと面会する機会がありました。短い時
間でしたが、当事者の方とお話したときに、「なぜこの人が被告人とされているのだろ
う」と感じ、その時からもやもやとした気持ちが生まれました。この感情の答えを見
つけるために、何度も面会に行っています。その後、甲南大学の学生ボランティアを
対象として名古屋で実施した研修で刑事施設を実際に参観し、事前学習で裁判の手続
きや検察官のあるべき姿を学んでいくうちに、裁判のあり方について考え方が変わっ
ていきました。これらの活動を通して、初めて面会に行った際に感じた感情の答えが
分かったような気がしています。
坂本:甲南大学に入学した当初はイノセンス・プロジェクト・ジャパンの活動について、全
く知りませんでした。入学してから、笹倉先生の講義の中で存在を知り、興味を持ち
参加しました。それまで冤罪といえば、痴漢事件などでよく聞く言葉という程度の認
識しかありませんでした。しかし、活動に参加し、大学でいろいろなことを学んでい
くうちに、大きな社会問題のひとつであることを実感できるようになりました。実際
に当事者の方と面会すると、えん罪は社会全体が向き合っていくべき問題であるとい
うことがはっきりとわかるようになりました。私は、制度や仕組みの改善すべきとこ
ろが分かっているのにそれを変えようとしない国の姿勢に問題意識を持っています。
吉田:早い段階から法学部志望だったこともあり、高校の時に一度裁判の傍聴に行きまし
た。当時はあまり知識もなかったので、逮捕された時点で有罪だという偏見を持っ
て裁判を見てしまっていました。しかし、実際に当事者の方たちに面会し、司法制
度について学んだ今では、被告人への偏見を持たずに裁判を見ることができるよう
になりました。
学生ボランティアのみなさんにインタビューをしている様子
(2024年5月29日,榎本日菜撮影)
——貴団体にとって学生ボランティアはどのような位置づけなのでしょうか。
笹倉:私は学生ボランティアの皆さんとは対等だと考えています。学生がいることで場が明
るくなりますし、弁護士を含む専門家や当事者にとっても大きな励ましになっている
部分が大きいと思います。日本のえん罪救済活動には若い世代の関与が少ないと指摘
されることがあるのですが、それは望ましくないと考えてきました。えん罪は身近な
問題なので多くの人に知っていただいて、活動に参加する人ももっと増えればと願っ
ています。そういう観点ではイノセンス・プロジェクト・ジャパンの学生ボランティ
アの力はとても大きいです。この活動を、若い人にさらに広げていきたいと思ってい
ます。
執筆後記〈今西事件の裁判傍聴に行きました〉————————————————————
今回のインタビューに際して、イノセンス・プロジェクト・ジャパンが支援している今西事
件の裁判傍聴に行ってきました。やはり自分の目で実際に見たり経験したりすることで、よ
り具体的な問題意識が生まれることを実感しました。実際の裁判を傍聴することで、「ニュー
スや報道等で聞く誰かの裁判」ではなく、現実の事件であり、苦しんでいる人がいるという
認識が強くなりました。学生ボランティアが、当事者の方と実際に面会したり、企画の運営
などを通してもっと深く関われたりできるという点に、ボランティア活動に参加する意義が
あると感じました。
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<団体プロフィール〉———————————————————————————————–
一般財団法人イノセンス・プロジェクト・ジャパンは、刑事事件のえん罪被害者の救済を行
い、公正・公平な司法を実現することを目指して活動している団体である。同団体は、アメ
リカで1992(平成4)年に設立された「イノセンス・プロジェクト」をモデルとしている。イノ
センス・プロジェクトと同様の活動は、その後全米に広がり、多くのえん罪を晴らすことに
貢献した。
アメリカでの活動に影響を受け、日本でも2015(平成27) 年に同様の団体設立に向けた動きが
始まり、2016(平成28) 年4月1日に有志の専門家らにより「えん罪救済センター」が設立され
た(2023年より「イノセンス・プロジェクト・ジャパン」に改称)。活動内容は、当事者や支
援者、弁護人などからの支援の依頼を受け、科学鑑定によってえん罪であることを明らかに
できる場合、科学者などの専門家に協力依頼をしながら、弁護活動に関わる。現在の支援事
件としては「神戸質店事件」や「今西事件」などがある。
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話・笹倉香奈氏
(一般財団法人イノセンス・プロジェクト・ジャパン事務局長,甲南大学法学部教授)
甲南大学法学部2年生 坂本蒼依氏、京本真凜氏、吉田彩恵氏、法学部3年生 西村友希氏
文・甲南大学 経営学部1年生 小西澪奈
(2024年5月取材)