刑事制度/犯罪対策の意味やあり方を研究する。法学部 教授 松原 英世(刑事法学)

刑事法学の専門家で、刑罰、刑事制度、犯罪対策のあり方について研究を行う松原英世教授にお話しを伺いました。

About Me ( MATSUBARA Hideyo )

関西学院大学大学院法学研究科を修了し、日本学術振興会特別研究員、愛媛大学助教授/准教授、教授を経て、2022年に本学法学部に教授として着任しました。途中、カリフォルニア大学バークレー校・法と社会研究センター(米国)やオークランド大学ロースクール(ニュージーランド)に留学しました。専門は刑事法学、とりわけ刑事政策学で、これまでずっと刑罰、刑事制度、犯罪対策のあり方について(基礎的な)研究をしてきました。講義では、主として、刑事政策、犯罪学を担当しています。単著としては、『企業活動の刑事規制:抑止機能から意味付与機能へ』(2000年)、『刑事制度の周縁:刑事制度のあり方を探る』(2014年)を刊行し、これらで(順に)、日本犯罪社会学会奨励賞、日本法社会学会奨励賞〔著書部門〕を受賞しました。日本刑法学会にも所属しています。また、前職中に、愛媛県警察学校で19年間講義をしていましたので、そのことで、警察部外協力者表彰(愛媛県警察本部長感謝状)を受けました。

Research

「わたしは何をやっているのか?」ということですが、犯罪対策の意味やあり方について研究しているようです。興味や関心のおもむくままに論文を書いてきましたが、ふり返ってみるとそのようにまとめることができると思います。自分の営みは自分では(案外)分からないものなので、拙著『刑事制度の周縁』で学会賞をいただいたさいの選考結果報告から、拙著についての講評を引用したいと思います(全文はhttp://jasl.info/ippan/shoreishoの「第16回」のところから見ることができます)。

「本書は、7年間にわたって発表されてきた研究の集成であること、各章のもとになった論考の公表媒体も、学術誌、紀要、論文集などと多様であるため、単一の対象についての統合された研究ではなく、各章は、むしろ独立した研究として読むことができるものです。しかし、これらは関連性の薄い研究なのかというと、そうではなく、著者がまえがきで述べるように、これらの諸研究には、デュルケミアンの社会学的視角を繰り返し適用することで、刑事制度の周辺的対象に繰り返し光をあてる結果として、現代の社会における犯罪と刑罰の重要な側面がうかびあがるという、ある種の統一性が見て取れます。そして、これが本書の法社会学研究としての魅力と言えます。
 本書は、犯罪という現象について、社会メンバーの視点と、刑事法専門家の視点を同時に問題にすることで、犯罪と刑罰に関する伝統的な自明性が失われ、また、犯罪への科学的アプローチによって唱えられたリハビリテーションの理念も色あせ、秩序不安と結合した犯罪恐怖が社会的な広がりをもちはじめ、その中で功利的・政策的刑事政策が進展していくという大きな社会変動を浮き彫りにしているように思います。そのような大きな社会変動に関連して、著者の分析の中では、「犯罪」とは何か、「刑罰」はいかに使われるべきか、という重要な問題が繰り返し提起されており、その点に関する分析はとりわけ示唆的です。」

ついでながら、拙著への書評(河合幹雄, 2016,『法社会学』82: 297-301)についても引用させてください(全文はhttps://www.jstage.jst.go.jp/article/jsl/2016/82/2016_297/_article/-char/ja/からダウンロードできます)。

「本書のタイトルは、よく見かける類のものではない。正直言って、手に取るまでは、内容の予測ができなかった。目次を見れば、三部構成で、第一部は犯罪と刑罰と社会の話、第二部は、著者が継続して研究してきた経済刑法とホワイトカラー犯罪、第三部は少年司法がテーマである。こう見てくると、バラバラのテーマを無理に一冊の本にまとめて、それからタイトルを考えたのかと危惧したが、実は全く違っていた.
 真理に近づこうとして対話を繰り返し続けるが真理は取り出して見せられないプラトンのイデア論を想起させられた。著者は、犯罪とは何か、刑罰とは何か、最良の犯罪対策は何かといった最も本質的な問いを抱き続け研究し続けてきた。その根源的な問いの答えの周縁をグルグル回りながら迫っている。そのおかげで、一見すると地味な研究をしているかのように見えて、実は、野心的でエキサイティングな知見が示されている。 …〈中略〉… 以上、第一部を通して、刑事政策は、整合性の高い理論からも、科学的事実からも、かけ離れた不思議なものであることが、丁寧に調べるほどに浮き上がってくる結果となっている。犯罪によって傷つけられた集合意識の修復のための儀式として刑罰は科されるという知見の正しさを、著者と共に噛みしめさせられる思いである。 …〈中略〉… この著作は、ひとつのテーゼを主張するために構築されたものではない。そのため、この書評では、各章ごとに論じてきた。しかし、そもそも犯罪現象とは、標準的な人間像や社会モデルから外れた行為や行為者を対象にしている。何か抽象的な法則的なことが言えるとすれば、それは、犯罪や犯罪者についてではなく、それらに対する社会の側の対応しかないのではないか。その場合も、凶悪事件、経済犯罪、少年非行を同時に語ることができるのであろうか。犯罪というカテゴリーがあまりにも多様な事柄を含みすぎであるということが痛感させられた。なにはともあれ、根元的な疑問を忘れずに抱きつつ、丁寧に何が起きているか調査する姿勢に感服させられた次第である。」

さらについでながら、(わたしが考える)犯罪研究の意義についても触れておきたいと思います。以下は同じ拙著の「はしがき」からの引用です。

「逸脱研究の意義の一つは、犯罪や非行といった目につきやすい/関心を引きやすい現象を考察することで、普段は前景化しない日常世界の有り様や問題性を明らかにすることにある(と、私は考えている)。われわれの思考は、「普通」を参照しながら組み立てられる。けれども、「普通」は空気のように意識されることがないので(自明視されているといってもいいだろう)、何が「普通」かはあらためて考えてみるとよく分からない。それゆえ、「普通」はわれわれの知らない間に変化してしまっていることが多く、おうおうにしてわれわれはそのことに気づいてもいない(われわれの参照する「普通」が、もはやわれわれの知っている「普通」ではなかったらどうなるのだろうか?)。その摑みどころのない「普通」をより摑まえやすくする方法の一つが、逸脱研究だと私は考えている。
 本書も広い意味では逸脱研究であり、犯罪や非行を研究することで、社会の有り様や問題性を(その一端でも)明らかにできればと考えているが、と同時に、上に示した逸脱研究の意義を刑事法研究に持ち込んでもいる。その関心が刑法・刑罰の果たしている/果たすべき役割にあるにもかかわらず、本書は、必ずしも刑法や刑罰それ自体を考察の対象にしているわけではない。そうする代わりに、「犯罪観」、「刑法観」、「量刑思想」、「厳罰化に係わる社会意識」、「厳罰化の実現過程」、「法人犯罪/経済犯罪/ホワイトカラー犯罪」、「刑法のグローバル化」、「少年補導センター/少年サポートセンター」といった刑事法研究においてあまり中心的ではない(マイナーな、あるいは、少しずらした)テーマをその対象として取り上げているのは、そうした周縁的な領域を考察することで、かえって刑事法における本質的な問題、あるいは、現在の刑事法研究において自明視されているもの/暗黙の前提を描けるのではないかと考えたからである。」

なお、最近は、犯罪学の知見の応用として子どもの事故予防や、日本の死因究明制度のお粗末さに憤慨して、日本の死因究明制度を向上させるべく、医師/医学者とともに死因究明制度の研究やCDRの導入に向けた活動にも取り組んでいます。さらに最近は、批判的犯罪学というプロジェクトにコミットすることで、若干これまでの自分を見失いつつありますが、働かなくても生きていける社会をめざしたいと考えています(おそらくこれだけだと何をいっているのか/刑事法とどう関係するのかが分からないと思いますが)。

KONAN’s Value

創立者平生釟三郎の教育理念にもある「個性の尊重」でしょうか(サンフランシスコで見かけたUniversity of San Franciscoの広告(そこには「Where Deviation is Standard」とありました)を思い出しました)。大学がある岡本に充満するゆったりした(さらには、のんびりした大学内の)雰囲気の中で、こうした価値をはぐくみ、体感してもらえればと思っています。

Private

仕事を始めてから趣味らしい趣味を持ったことはなかったのですが(趣味を持つと本を読む時間が削られてしまうので)、つい最近、思いがけず/思いきって長唄三味線を始めました。これが意外に楽しくて(もちろん難しくもあるのですが)、はまりそうで困っています、、、

Profile

法学部 教授

松原 英世

MATSUBARA Hideyo

専門領域
刑事法学(刑事政策学)

キャリア
日本学術振興会特別研究員
Visiting Scholar, Center for the Study of Law & Society, UC Berkeley
愛媛大学法文学部助教授/准教授
Visiting Scholar, Center for the Study of Law & Society, UC Berkeley
愛媛大学法文学部教授
Visiting Scholar, Law School, University of Auckland
甲南大学法学部教授

所属学会
日本犯罪社会学会(理事)
日本法社会学会(理事)
日本刑法学会