生物多様性の維持へ
特定外来生物の除草剤開発への挑戦
特定外来生物の除草剤開発への挑戦
甲南大学理工学部生物学科 今井博之教授は、類いまれな生命力で急速に生息範囲を広げつつある国が指定する特定外来生物「ナガエツルノゲイトウ」の繁殖を抑える除草剤の開発に挑んでいます。環境に負荷を与えず、より少ない量で効果が出る研究を進め、生物多様性の維持に貢献しようとしています。
Contents
・探究心を刺激する生物学研究の世界
・進路の変遷を経て、たどり着いた現在の研究
・研究と学びを支える、大切な姿勢
探究心を刺激する生物学研究の世界
KONAN-PLANET 記者
まずは、今井先生の研究内容を教えてください。

今井博之 教授
-特定外来生物の繁殖拡大を抑える研究
ナガエツルノゲイトウが十分に成長し、周辺に広がり根付くのを防ぎ、最終的に枯れてしまう除草剤の開発を進めています。ナガエツルノゲイトウは南米原産のヒユ科の水草で、種子からではなく、茎の断片などから根や芽を出して増殖できる特性があり、現在までに日本全国26都府県に生息範囲を広げています。夏場には池をあっという間に覆ってしまうほどの旺盛な繁殖力を持っており、その結果、水中の生態系のバランスが崩れやすくなってしまう、河川の水位をコントロールするための設備(ゲートなど)の操作ができなくなったり、機構自体が故障したりすると、治水機能が著しく低下し、大規模な浸水被害につながるなどのおそれがあります。
そこで研究室に人工気象庫を置いて、ナガエツルノゲイトウを栽培するところから始め、その特性を細胞および遺伝子レベルで調べ、枯れるメカニズムなどを解明しています。その結果、炭素数が九つある中鎖脂肪酸は、植物の細胞一つひとつに張り巡らされた『生命維持のためのバリア(細胞膜)』に近づき、その油分質を溶かし込むように働きかけます。この防御機能が壊れること(=膜障害)によって、細胞の中身が一気に漏れ出し、葉焼けや枯死を引き起こすことがわかりました。
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ナガエ(長柄)の名の通り、長い茎が特徴。各地で増殖中。
KONAN-PLANET 記者
生物学領域の研究に携わっていて感じる、生物学の面白さは何ですか。
今井教授:生物は単独では存在しません。複雑な関わりの中で生態が生まれるからです。生物学の面白さは、その謎を追究する過程で「人間もこのシステムの一部だ」という気づきを与えてくれることです。未来は共生の中にあります。
KONAN-PLANET 記者
生物学の研究を取り巻く変化をどのように感じていますか。
今井教授:研究の転機になったのは、化合物の組成を瞬時に分析するLC―MS/MS(液体クロマトグラフィー質量分析計)という、私たちにとっては「夢の機械」が導入されたことです。これにより準備の時間が劇的に短縮されました。また、次世代シークエンサーの普及によって、生物のゲノム情報を大規模かつ高速に解析できるようになりました。これらの技術革新により、本質的な分析や考察により多くのエネルギーを注ぐことができるようになりました。
進路の変遷を経て、たどり着いた現在の研究
KONAN-PLANET 記者
どのような高校、大学生時代を過ごしたのでしょうか。
今井教授:高校時代は放送部に所属し、ラジオ番組を制作する放送コンテストでは脚本を担当しました。理系志向だったのですが、数学と英語が苦手で、大学は農学部に進学したものの文系的な農業経済学科でした。ただ、実験がやりたいという思いが強くなり、途中で農学理系学科の食品化学研究室へ移りました。
当初は食品メーカーなどの企業に就職しようと考えていたのですが、博士課程時代にバブル経済の崩壊に直面して採用環境が悪化したため、米国の大学に留学しました。米国では自分が主張しないと生きていけないことを学びました。

KONAN-PLANET 記者
もともとはどのような研究をしていたのですか。
今井教授:大学院時代に所属した研究室の教授が、セラミドの研究をしていたことから、セラミドに携わるようになりました。セラミドとは、植物や動物、微生物などに広く含まれる脂質の一つで、植物の細胞膜を構成し、人間の皮膚の潤いにも関わる重要な成分です。セラミドがないと植物は必ず死んでしまうので、その謎の解明に挑んでいます。家庭用品メーカー、化粧品メーカーなどと共同で、セラミドを保湿剤として応用するための研究などにもかかわってきました。
KONAN-PLANET 記者
除草剤の実用化に向けて越えなければならない壁は何ですか。
-狙った植物だけを駆除する難しさ
今井教授:除草剤を池や河川などにまいた場合、そこにすむ昆虫や魚などの水生生物に影響を及ぼさず、ナガエツルノゲイトウだけ駆除する必要があります。中鎖脂肪酸は自然に分解されるのですが、それが他の生物に環境負荷を与えないかどうかを調べているところです。また、影響はなかったとしても、できるだけ少ない量で効率的に駆除できるようにすることが大切です。この研究で培われた知見は、池や河川における他の外来生物の駆除にも応用できるので、それができれば生物多様性の維持にさらにつなげていくことができます。

研究と学びを支える、大切な姿勢
KONAN-PLANET 記者
甲南大学の理系で学ぶ魅力について教えてください。
今井教授:甲南大学では、研究力が高い大学は教育力も高い、という考えのもと、実験系の学部には充実した環境が整っています。また「進化型理系」という考えのもと、生物多様性をはじめ地球規模の課題解決に取り組むことができる風土も備わっています。オープンキャンパスでは研究環境の充実度を見比べてみることを勧めます。

KONAN-PLANET 記者
研究を進めるうえで大切なことは何ですか。
今井教授:生物学研究は、実験だけでなく、大量のデータを解析する情報科学的な手法も重要になっており、多くの研究者や技術者との協力によって成り立っています。そのため、自分の考えを分かりやすく伝える力と、他者の意見に耳を傾ける姿勢が欠かせません。異なる専門性を持つ人々と協力しながら研究を進めるためにも、ぜひチームワークを大切にしてほしいと思います。
KONAN-PLANET 記者
高校生に伝えたいことはありますか。
-情報を見極める力と基礎の重要性
今井教授:今は生成AIが発展し、情報が簡単に得られる時代になっています。しかし、その中には正しい情報もあれば、誤った情報も含まれています。そのため、それが信頼できる情報なのかを見極める力がこれまで以上に重要になっています。その土台となるのが、それぞれの分野における基本的な知識や学力です。生物学に興味がある人は、まず「生き物が好き」という気持ちを大切にしてください。そして、自分が興味を持った生き物や生命現象について、本や論文、観察や実験を通して深く学び、なぜそうなるのかを突き詰めて考える経験を積んでほしいと思います。そうした積み重ねが、情報を鵜呑みにせず、自ら考えながら正しい情報を選び取る力につながります。生き物への好奇心を原動力に、ぜひ自分なりの問いを見つけて探究してほしいと思います。

KONAN-PLANET 記者
今井先生ありがとうございました。
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