「育休」は働き方改革&ジェンダー平等実現のカギになる!?
なぜ取得できない?
日本のお父さんの「育休事情」

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2023.8.21
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男性も育児に参加することが求められるなかで、日本のお父さんの育児取得率は17.13%(2021年)と、北欧やドイツなどに比べると、まだまだ低い状況にあります。そもそも育休とはどういう制度なのか?なぜ日本のお父さんは育休を取得しないのか?どうすれば育休が取れるようになるのか・・・そんな、男性の育休に関する素朴な疑問について、甲南大学文学部・社会学科の中里英樹教授に詳しく解説していただきました。

 

 

 

育休とは?

 

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

中里先生、今日はよろしくお願いします!

 

 

中里先生

 

よろしくお願いします。

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

先生は男性の育児休業(育休)について

研究されていると伺いました。

なぜ、男性の育休に着目されたのでしょうか。

 

 

中里先生

 

子どもが生まれても、男性の働き方は変わらない

家族社会学やジェンダーが私の専門分野ですが、研究しているなかで男女の役割の違和感や「不自然さ」に注目するようになりました。1998年に友人と話をしていたときに、子どもが生まれても働き方が変わらないことに驚きました。時代は変化しているのに働き方が変わらないのは“なぜ”か。そんな疑問から、2000年頃から「ワークライフバランス」をテーマにさまざまな角度から研究を進めています。

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

そもそも、育休とはどういう制度なのでしょう。

 

 

 

中里先生

 

男性の育休制度は1992年からスタート

「育児・介護休業法」とは、育児や介護をしながら働く労働者が仕事と家庭生活を両立できるように支援するための法律です。日本において、男性も取得できる育児休業制度は1992年に施行されました。

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

ええっ、そんな早い時期から始まっていたんですね。

 

 

中里先生

 

そうなんです。これは世界的に見ても早い時期の施行です。しかし、2000年代前半までの男性の取得率は1%にも達していません。最近になってようやく、大手企業を中心に男性の育児休業取得が進み、2022年秋には通常の育児休業とは別に男性が子どもの生後8週間以内に最大4週間の休みを、2回に分けて取得できる「出生時育児休業(産後パパ育休)」制度がスタートし、メディアからも注目が集まりました。2023年4月からは、大企業に男性の育児休業取得率を開示することが求められています。

 

 

 

 

育休取得の現状について

 

 

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

育休制度が整ってくると、

取得率も上がってくるのでしょうか?

 

 

中里先生

 

2017年には5.14%だった育休取得率が2020年には12%を超え、2022年にはやっと17.13%まで上昇しました。けれども、北欧やドイツに比べるとまだまだ低い水準です。日本政府は2030年までに80%に引き上げたいと言っていますが、遠い道のりですね。ちなみに、雇用保険から支給される給付金は1995年には所得の25%が補償されるのみでしたが、2001年に40%、2014年には休業開始から半年間は67%(それ以降は50%)にアップ。手取りでは休業前の8割程度がカバーされるようになっています。

 

 

男性の育児休業取得率(%)の推移

※出所:雇用均等基本調査事業所調査

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

ちなみに、

男性の育休が進んでいる国はどこなのでしょう。

 

 

中里先生

 

北欧諸国では、男性の育休が当たり前に

福祉国家と呼ばれる北欧ではかなり進んでいます。ノルウェーやスウェーデン、アイスランドなどは、男性の育休がもはや当たり前になっており、9割の男性が育休を取得しています。男女が平等に働けるよう国が制度設計している点が大きいと思います。

 

KONAN-PLANET 記者

 

北欧諸国では実現できて、日本では実現できない・・・

その要因はやはり文化の違いですか?

 

 

 

 

「子育ては女性がするもの」が根強い日本

確かに、日本では「子育ては女性がするもの」という考えが根強いのは事実です。最近は出産後も仕事を続ける女性がずいぶん増えましたが、かつては出産前に退職する女性が多かったため、続ける場合も母親が産前産後休業を取り、復帰後も時短勤務など働き方を変えてメインで子育てをしているパターンがほとんどです。

では、北欧はどうかというと、北欧の国々もかつては「子育ては女性」という考えが強かったのですが、ノルウェーでは国が1990年代にパパクオータ制度を導入し、父親が育休を取らないと損をするシステムを作ったのです。その結果、ほとんどの男性が育休を取得するようになりました。このように、国が育休取得を促す制度をつくることが大事だと思います。同じように子育てが女性に偏っていた北欧の国にできて、日本にできない訳はありませんから。

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

いざ育休を取りたくても、職場に迷惑をかけると

二の足を踏む人も少なくないと聞きます。

 

 

中里先生

 

「申し訳ない」という意識を変えるために

男性社員に話を聞くと「育休を取りたい」と思っていても、実際に取得しようとすると「仕事に穴をあけると無責任と思われる」「残された同僚の負担が増えて申し訳ない」「妻が育休を取っているから自分はいいか」となり、取得に踏み切れない人も多いようです。妻の側も「夫は今忙しそうだし、とても言えない。」「休まず稼いでもらった方が・・・」となりがちです。

育休を取る男性を増やすには、そうした職場の雰囲気や「当たり前」をまず変えていくことが必要ではないでしょうか。ここ10年ほどは女性が産後も働きつづけることが当たり前という会社も増えてきました。企業側は、男性も女性も育休を取得できるよう、数人が抜けることを前提に人員配置や採用計画するなど、意識を変えていかなければならないと思います。

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

なるほど・・・残された社員の負担を

軽くすることも課題ですね。

 

 

中里先生

 

本来は育休取得中の代替要員を雇うことが求められるのですが、正社員でないと対応できない仕事の場合は職場の人たちでカバーしなければなりません。仕事の負担が増えることで企業が手当を支給するなど、残された人たちの負担感を減らす策は考える価値があります。また、他社から派遣された代替要員でも対応できる仕事を「社員がやらなければ」と思い込んでいるケースもあります。この仕事は社員でなければいけないのか、そもそも本当に必要なのか、育休は仕事のやり方を見直すきっかけにもなる。育休を取ることで他の人も働きやすい環境につながれば、残された社員にも還元されることがあると思います。

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

ちなみに、管理職になると

さらに育休を取りにくいのでしょうか。

 

 

中里先生

 

マネジメントだけでなく、すべてを抱えこんで自ら手を動かす“プレイングマネージャー”になって、抜けられないと思っている管理職は多いようです。そういう状況を変えないことには企業も持続可能ではないですし、管理職を希望する人も増えない。管理職が育休を取ることで部署や会社が変わることも実際にありますから、まずは、そのあたりを変える必要があるのかもしれません。

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

大企業では育休の取得も進んでいると聞きます。

 

 

中里先生

 

独自の制度を整備するなど、大企業ではさまざまな取り組みが始まっています。だからといって中小企業において不可能というわけではなく、中小企業向けの助成金でカバーする手段もあります。「ウチは無理」と諦めず、「対応しなくてはいけない問題」として意識を変えて取り組むことがまず必要ですね。

 

 

 

 

中里先生が追求する

これからの育休とは

 

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

日本で、お父さんの育休取得率を上げるためには、

どうすればいいのでしょうか。

 

 

中里先生

 

まず、取得率に目がいきがちですが、3日取得しても3ヶ月取得しても同様にカウントされますから、この数字を上げて終わりではありません。いかにまとまった期間で取得するか、また、母親と同時ではなく「交代で」取得する期間を作るかが重要です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

「交代で育休を取る」とは?

 

 

中里先生

 

交代で取得して、父親を「自立した子育ての担い手」に

北欧と日本の育休の最も大きな違いは、北欧では両親が両方、交代で取得しないと家計上に損をする仕組みになっていることです。そのため夫婦は時期をずらしながら、交代で育児休業を取ります。例えば妻が8ヶ月取得したところで妻が職場復帰し、保育園に入れるまでの期間を夫が交代で育休に入るという具合です。それによって夫は「手伝い」ではなく、「自立した子育ての担い手」になります。

 

 

 

 

日本とノルウェーの育児休業制度の違い

 

 

日本の場合、ようやく男性育休が広がり始めましたが、夫婦が一緒に育休を取得して2人で家にいるイメージがまだまだ強いですよね。妻の産後うつのリスクがある時期をサポートするために、産後すぐに育休を取ることはもちろん重要ですが、男女のキャリアを平等にするという点ではそれでは不十分です。私は日本も北欧のように、「母親と父親が交代で取得する」方向にシフトすることが必要だと考えています。

たとえば、産後1ヶ月は2人で同時に育休を取得して、その間に一緒に子育てをする。これを準備期間とし、男性が1人で子どもの面倒をみられるようになれば子育てを引き継げるので、妻の職場復帰を早めることができます。そうすることで、男女の分担の偏りをなくし、女性のキャリア中断を少なくし、企業としても優秀な労働力を失わずにすむわけです。この「交代で取得する」メリットを、もっとメディアでも取り上げてほしいのですが・・・残念ながら、なかなか注目が集まりません。

 

 

 

まずは「夫の育休は妻を手伝うためのもの」という認識をやめるところから。女性活躍やジェンダー平等という意味において、日本でも北欧のように夫婦交代で、同等の期間、平等に休業を取得できるような働きかけが望まれる。

 

 

女性のキャリア中断が短くなり、やりがいのある仕事に復帰しやすくなる。優秀な労働力の確保にもつながる。

 

 

「手伝う」ではなく、自分1人で子育てに関わることで、親としての自覚・自信が生まれる。

 

 

男性も女性も平等に育児に関わることで、世の中の「子育ては母親がするもの」という概念を払拭できる。

 

 

 

 

KONAN-PLANET 記者

先生のお話を伺って、育休制度は、

単なる育休だけの問題ではないことがわかりました。

 

 

 

 

 

中里先生

 

育休制度は、日本の働き方の改革につながる

単独で育休を取得することを通じて男性が子育ての完全な担い手になれば、「子育ては母親でなければ」という思いこみを払拭し、「お父さんでもできる」という自覚が生まれます。そうして、子育ての主たる担い手が女性であるという思いこみから脱却する仕組みを作り、変化させていくことは、ジェンダー構造を転換させる大きな力にもなります。また、長時間労働の改善や仕事の効率化、人員の増強など、育休は周りの人たちも働きやすい職場にする可能性を秘めています。育休制度を整えていくことは、社会全体での働き方の仕組みを変えるきっかけにもなるのではないでしょうか。

 

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

育休を促進することで、男性にも女性にも

明るい未来が開けてくる、そんな予感がします!

中里先生、今日はありがとうございました。

今回お話しを聞いた人
中里英樹 (なかざと・ひでき)

1996年京都大学文学部卒業、京都大学大学院文学研究科博士後期課程研究指導認定退学。1996年-1997年インディアナ大学社会学部non-degree graduate student。2002年甲南大学着任、講師、准教授を経て2008年より現職。2006-7年, 2011-12年南オーストラリア大学Centre for Work and Life客員研究員。専門は家族社会学。2000年頃から子育て期のワーク・ライフ・バランスを研究し、2012年からは育児休業の国際研究ネットワークに参加して、男性の育児休業を中心的な研究テーマとしている。 著書に 『男性育休の社会学』(さいはて社)、『〈わたし〉からはじまる社会学—家族とジェンダ ーから歴史、そして世界へ』(共編著、有斐閣)、『論点ハンドブック 家族社会学』(共著、世界思想社)、『育てることの困難』(共著、人文書院)、訳書に『親の仕事と子どものホンネ』(共訳、 岩波書店)などがある。

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