その運動、ほんとうに大丈夫?
運動する前に知っておきたい自分のカラダのこと

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2023.10.23
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人生100年時代といわれる昨今、元気で健康に生活できることが注目されます。そのためには運動することが大事といわれますが、よかれと思ってやっている運動やトレーニングが実は体に負担をかけていたり、ケガを招いたりすることも。運動をはじめる前にきちんと知っておくべきカラダのことについて甲南大学全学共通教育センターの曽我部晋哉先生(スポーツ・健康科学教育研究センター兼任研究員)に詳しく教えていただきました。

 

 

 

 

 

運動は大事だけれども…

 

 

KONAN-PLANET 記者

曽我部先生、今日はよろしくお願いします。

人生100年時代を元気に生きるためには、やはり継続した運動が大切ですよね。初心者はとりあえずウォーキングからですかね?

 

曽我部先生

よろしくお願いします。みなさんもご存じの通り運動は大切です。もちろん良いのは分かっているのですが簡単に始められるウォーキングも気をつけないといけない点があるんです。

 

 

KONAN-PLANET 記者

どういう点でしょうか??

 

曽我部先生

一般的にウォーキングは健康のために良いと言われますが、実際、歩くことによって膝を壊す方が多いんです。私は専門家として特に膝関節にどんな負担がかかるかといった膝のメカニズムに関する研究を行っているのですが、変形性膝関節症*になると、元に戻ることは難しく、痛みのために歩けなくなることも少なくありません。

*変形性膝関節症…膝の軟骨がすり減ったりなくなったりして、膝の形が変形し、激しい痛みを生じる病気

 

 

KONAN-PLANET 記者

えっ、そうなんですか!?

 

曽我部先生

実は日本人の半分近くの人がO脚なんです。O脚の人は普通に立っているだけでも膝の内側に負担がかかり、さらにウォーキングやジョギングをすると膝の内側の軟骨が壊れてしまうことがあります。「ただ歩けばいい」というのは間違いで、自分の体の特徴をよく理解して体が壊れないように運動することが大切です。実際に健康のために運動を始めた人のうち、6ヵ月以内におよそ半数の人がドロップアウトするといわれています。

 

 

KONAN-PLANET 記者

ああ、やはり続けることは難しいのか・・・心が折れますもんね

 

 

 

曽我部先生

ドロップアウトしてしまうのは精神的なものではなく、傷害、つまり怪我や故障であることが多いんです。運動やウォーキングを始めたけれど痛みが出てきたのでやめました、という人が非常に多い。自分の体にあった歩き方や運動の仕方を知ることがとても大事だと思います。

運動で最大限の効果を得るためにまずは今の自分自身のカラダを知ることが非常に重要です。運動なら何でも体に良いというわけではありません。人生100年時代を健康に過ごすためにも正しい知識と自分の体のことを知った上で運動することをお勧めします!

 

 

 

運動をはじめる前に自分のカラダのことを知ろう!

 

 

 

では、痛みを引き起こさず運動による最大の効果が得るために、みなさんのカラダをチェックしてみましょう!

 

 

 

 

正面から見て

正面から手の甲が見えない。

自然に立った時につま先が開きすぎたり、内側を向いたりしていない。

 

横から見て

耳・肩・大転子・膝の横・くるぶしの前が直線状にある。

立った時に膝や背中が曲がっていない。

 

 

 

 

 

「姿勢の写真を撮ってください」と言うと、皆さんいつも以上に美しい姿勢で写真を撮られるんですよね(笑)。ですから、いつも通りの写真を撮ってもらうようにしてください。そのうえで、写真のような正しい姿勢になっているかチェックしてください。例えば、横から見て肩よりも頭が前に出ているとか、前からみて手の甲が前から見えるとか、そういった姿勢になっていると歩くだけで腰が痛くなったりする可能性があります。
曽我部先生
曽我部先生

 

 

 

 

 

自然に腕が耳の横まで上がっているか。

背中が無理に反っていないか。

 

 

 

意外に、肩を耳のところまでスムーズに挙げられる人が少ないんです。「腕をまっすぐ上まで挙げてください!」というと、多くの人が腕は挙がっているのですが、腰を曲げて腕を挙げているんですよね。このように肩の柔軟性が乏しいと、腰痛につながるのですが、それを意識している人は本当に少ないです。ですから、「体はつながっているんだ」ということを意識してほしいですね。
曽我部先生
曽我部先生

 

 

 

肩関節のストレッチで適切な可動域を獲得しよう!

 

 

 

 

 

肩を耳のところまで真っすぐに挙がっている

背中が丸まったり、反ったりしていないか

 

 

次は、更にバージョンアップです。腕を真っすぐ上に挙げた状態で、スクワットをしてもらいます。すると、これまで何とか腕を真上に挙げることが出来た人も、急にできなくなってしまいます。今度は、肩だけではなく、太ももの筋肉の柔軟性も関係してくるんですよね。ですから、先ほども言いましたが、ヒトの体はすべてつながっていて、どこかに問題があると、別のどこかに負担がかかって、痛みが出てきてしまうのです。
曽我部先生
曽我部先生

 

 

 

長座位で手指が足のどこまで届くか確認する

 

 

 

さて、次は太ももの裏の筋肉、ハムストリングといいますが、その筋肉の硬さをチェックしてもらいます。写真のような状態で、手がどこまで届くでしょうか。足のつま先を持てれば何とか大丈夫ですが、例えば脛ぐらいまでしか届かないとなると、少々問題です。この腿の裏の筋肉が硬いと骨盤が引っ張られて、ヘルニアという整形外科的疾患を引き起こす可能性が高くなります。それだけではなく、猫背のような姿勢になり、見た目にも年老いたような印象を与えてしまいます。
曽我部先生
曽我部先生

 

 

ハムストリングのストレッチで

ハムストリングと腰背部の柔軟性を獲得しよう!

 

 

 

 

 

 

うつ伏せになり、膝を曲げ足部を持って

踵(かかと)が臀部につくかを 確認する

 

 

今度は、太ももの前の筋肉(大腿四頭筋)の柔軟性のチェックです。うつ伏せになって、踵(かかと)がお尻にくっつけばOKです。しかし、写真右側のように、全くくっつかない場合には太ももの前の筋肉が硬く、背骨が前に引っ張られて、腰が反るような状態になります。「硬い布団で寝ると腰が痛くなる」という人の多くは、この太ももの前の筋肉が硬い人が多いですね。
曽我部先生
曽我部先生

 

 

大腿前面の筋のストレッチで 大腿四頭筋の柔軟性を獲得しよう!

 

 

 

脚をゆっくり広げる。90°以上広がると良い

 

 

 

□足の裏を合わせて膝をゆっくり床に近づけていく。

できるだけ膝が床に近づくと良い。

 

このテストは、特に床に座ったときの腰への負担の程度が分かります。脚が90°以上開かず、さらには右の写真のように膝が全く床につかないと、まず胡坐(あぐら)の姿勢で座ることが出来ませんし、腰に大きな負担が生じます。更には、高齢者では股関節の柔軟性が乏しいことで、転倒の可能性もあるので注意が必要です。
曽我部先生
曽我部先生

 

 

後ろで手を組み、お尻が踵につくところまで下げて座る

 

 

実は、足首の柔軟性も私たちの姿勢を保つうえでとても大切な役割をしています。例えば、足首が硬くて十分に曲がらないとすると、それもまた先ほどと同様に腰を曲げてそれを補おうとします。ですので、よく「ジョギングやウォーキングをすると腰が痛くなる」という人の多くは、腰ではないところに問題を抱えていることが多いですね。
曽我部先生
曽我部先生

 

 

肩関節のストレッチで適切な可動域を獲得しよう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曽我部先生

みなさん、いかがでしょうか? 普段運動されている方でも、すべてをクリアしている方は少なかったのではないでしょうか。

 

 

KONAN-PLANET 記者

やってみると意外にできないものですね・・・

こうしたチェックは若い学生にも必要でしょうか。

 

 

曽我部先生

中高年はもちろん、学生をはじめ若い世代にも、トップ・アスリートにもあてはまります。日本人は健康や人間の体に対するリテラシーが低いと言われます。アメリカなどの大学とは異なり、日本では高校卒業と同時に自分の専門を決めるのが当たり前のようになっていて、それ以外のことを専門的に学ぶ機会は本当に少ないからだと思います。一生付き合う体のことですから、基本的な体の構造を十分に知り、そして自分の体の特徴も分かった上で、運動をスタートとすると、今まで経験したことがないくらい運動の本当の効果を得られるのではないでしょうか。

 

 

KONAN-PLANET 記者

運動習慣をつけることは大事ですが、正しいと思っていた運動が体を壊すことにつながることもある。体に対するリテラシーを身につけ、自分の特徴も知った上で運動していきたいですね。

 

 

 

 

人類を元気にする「転び方プロジェクト」とは?

 

 

 

KONAN-PLANET 記者

先生が現在取り組まれている研究についても教えてください。「転び方プロジェクト」??少し変わったプロジェクト名ですね。

 

 

曽我部先生

柔道の受け身などの動作が高齢者の転倒事故の防止に役立つとして全日本柔道連盟が「転び方プロジェクト」というチームを立ち上げました。このプロジェクトは世界にも注目されており、NHKでも取り上げられています。

厚生労働省によると、転倒や転落事故による死者の数は全国で約9,000人であると報告されていて、交通事故による死者のおよそ4倍に上るとされています。。また、介護の原因の第3位は「骨折・転倒」なのですが、これが原因となって身体活動量が低下し、「認知症」や「脳血管疾患」につながると指摘されています。これらを重大視してWHO(世界保健機関)も転倒予防に対する取り組みを行うよう各国に要請し、政府も転倒予防のキャンペーンを実施しています。

 

KONAN-PLANET 記者

曽我部先生と柔道はどのような繋がりがあるのですか?

 

 

曽我部先生

現在、(公財)全日本柔道連盟の教育普及MIND委員会の委員をしていて、日本のみならず世界への教育的な柔道普及の一翼を担っています。特に、国際調査や転び方プロジェクトのリーダーとして全体を統括しています。既に、子どもの転び方プロジェクト「受け身のススメ」は完成していて、そのテキストの理論編を担当、執筆しました。

 

受け身のススメ | 全日本柔道連盟

また、競技柔道の面では、2004年のアテネオリンピックが終わってから2008年北京オリンピック、2012のロンドンオリンピックまで女子柔道の代表チームのトレーニングやチームマネジメント(総務)を担当していました。

 

KONAN-PLANET 記者

そうだったのですか!甲南大学では何か活動されていらっしゃるのですか?

 

 

曽我部先生

そうですね、甲南大学では柔道部の監督をしていて、昨年度(2022年)は、創部して初めて関西学生で準優勝したんですよ。学生たちが本当に頑張ってくれました! また、地域の子どもたちの健全な発育・発達のために、毎週土曜日甲南大学の柔道場で柔道教室をやっています。是非、遊びに来てくださいね!

 

 

 

日本発祥である柔道が世界の安全に貢献できないか

 

 

 

曽我部先生

柔道の競技特性は相手を倒し合うスポーツであると同時に、倒されないようにするスポーツでもあります。これ以上転倒予防には適した動きは他にはありません。さらに、転倒した際には「受け身」によって身を守ることができる。これは世界各国、転倒の問題解決のために柔道の要素を取り入れた転倒予防ムーブメントが起こりました。

 

KONAN-PLANET 記者

柔道の特性が「転倒予防」に適しているんですね!

 

 

曽我部先生

「転び方プロジェクト」は、転倒予防法というツールを利用して地域社会、ひいては日本および世界全体を元気にするプロジェクトです。我々が目指すのは、単に柔道の動きや受け身を利用した転倒予防法の確立ではありません。柔道に内在する価値を細かく分析し、その有効性を明らかにすることで確固たる方法論を確立したいと考えています。日本だけではなく世界に照準を定め誰もが安全かつ科学的な知見をもって利用できる、全世界共通のマニュアルを2025年の完成に向け、研究チーム全員で創り上げていきます。私たちが創造するのは20年後の、笑顔に満ちた世界です。

 

 

みんなが笑顔に満ちた世界

そんな未来を考えるとうれしくなります!

曽我部先生、今日はありがとうございました。

今回お話しを聞いた人
甲南大学全学共通教育センター
曽我部 晋哉先生

甲南大学・全学共通教育センター教授、スポーツ医・科学/スポーツ安全対策/国際スポーツ政策などを研究。スポーツ現場におけるケガの予防・リハビリテーションを行うアスレティック・トレーナーなどの資格を持ち、北京・ロンドンオリンピックでは全日本柔道女子チームのトレーニングを担当。一般の人々の健康増進のための研究のほか、最近は重大な事故やケガにつながりかねない「転倒」の予防法を研究し、日本のみならず世界各国と連携を図りながらその知見を広める活動を行っている。

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