いちばん身近な「社会的処方」を知る
新しい関係が生まれる!?「雑談・屋台カフェ」とは

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2024.4.22
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始まりの春、甲南大学にも多くの新入生が入学してきます。「大学になじめなかったらどうしよう」「新しい環境で友達ができるか不安」という声もちらほら・・・。そうしたなかで、学内での「居場所づくり」に取り組んでいるのが、「社会的処方」×「アート」の視点から生まれた「雑談・屋台カフェ」。どんな取り組みなのか、「社会的処方」とはどういうことなのか、文学部人間科学科の服部正教授に詳しくお話をお聞きしました!

 

 

Contents

・ 社会的処方って何? なぜ注目されているの?

・「社会的処方」×「アート」の実践とは

・「雑談・屋台カフェ」が新しい関係を生み出す

・ 小さな「SOS」を拾える場所にしたい

 

 

 

社会的処方って何? なぜ注目されているの?

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

まず、「社会的処方」について詳しく教えてください。

 

 

 

服部 正 先生

 

 

「社会的処方」とは、薬を処方する代わりに、

地域のリソース(社会活動)とその人をつなぐこと

 

例えば、不眠に悩む高齢者のAさんがいたとします。病院に行くと「じゃあ睡眠薬出しますね」と5分で診察が終わってしまう。でも、よくよく話を聞いてみると、家に引きこもっていて誰とも付き合いがないので日中は昼寝をしていたり、活動量が少なかったりして、それで夜は眠れない状態であることがわかるわけです。

 

そこで、Aさんが社会に出て日中に活動できることはないかを考えます。若い頃にしていた趣味や活動があれば、それにつなげる。昔は合唱をやっていたのなら地域の合唱団に入ってもらう。そういう形で日中の活動量を増やすことが、不眠症を解決することにつながります。このように、地域の様々なリソースと人をつなぐことによって解決するのが、「社会的処方」という考え方です。

 

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

なぜ、今「社会的処方」が注目されているのでしょうか。

 

 

 

服部 正 先生

 

背景には日本の「縮小社会」の問題があります。日本の人口は今およそ1億2400万人で、毎年60万人以上が減少しています。推定では2050年前後には1億人を割り込み、2100年には今の半分ぐらいに減ってしまうともいわれています。日本の社会は縮小傾向にあり、それは同時に、超高齢化社会を迎えようとしている、ということでもあります。全員が十分な医療を受けるだけの経済的基盤もなくなっていく中で、高齢者が少しでも健康に生活するというのは、社会の課題として大きなことなのです。

 

 

 

 

社会的に孤立すると、さまざまな健康リスクが

 

また、海外の研究によると、社会的な孤立は一日にタバコを15本吸うほどの健康リスクがあるといわれています。孤立している人は認知症になる確率が、孤立していない人よりも随分高いという研究結果もある。高齢者の方々が様々な場所で社会的活動をすることが健康的な生活につながり、そのためのリソースが街の中にたくさんあることが、超高齢化社会を迎える上でとても重要だといえます。

 

「社会的処方」はイギリスで始まった概念で、イギリスではすでに医療制度の中に組み込まれています。日本でも昨年「孤独・孤立対策推進法」が成立しましたし、医療従事者や福祉関係、地域に関わっている方々の中でも関心が高まってきました。ようやく、「社会的処方」が注目されてきたなという印象です。

 

 

 

 

「社会的処方」×「アート」の実践とは

 

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

芸術を専門とする服部先生が

なぜ、この課題に取り組むようになったのでしょう。

 

 

 

服部 正 先生

 

 

2018年から日本国際文化研究センターで様々な分野の専門家と「縮小社会の文化創造」について研究したり、障害者のアート活動などを研究したりする中で「社会的処方」と出会いました。甲南大学の学内で始めた「雑談・屋台カフェ」は、兵庫県豊岡市の守本陽一先生という若いお医者さんの取り組みを知ったのが入り口です。

 

守本先生は街中に屋台を出して、そこでコーヒーを振る舞いながら健康相談をするという活動をされていて、とても面白いなと思ったんです。地域が開く健康相談会には数人しか来ない。それなら自分から街に出て行こうと。コーヒーを振る舞いながら雑談をして、その中で体調のことを話す方がいたら、そこで初めて身分を明かして「一回病院行ったほうがいいですよ」ということを伝えるそうです。

 

 

豊岡市での守本陽一先生の「YATAI CAFE」の様子
写真提供:一般社団法人ケアと暮らしの編集社

 

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

 

それは面白い・・・人も自然に集まりそうですね。

 

 

 

 

服部 正 先生

 

じつは、そうした活動は、アートの世界では昔からやっていることなんです。街中に屋台的なものを出して、そこに人が集まって新しい関係ができるとか、自分の表現を通じて人と人の新しい関係性を構築する、ということをしている現代アーティストがたくさんいます。今の医療が目指すところと現代アートがこんなにも近いということが衝撃的に面白くて、大学の中で何かできないかと考えたのです。

 

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

 

なるほど!それが、「雑談・屋台カフェ」のきっかけなんですね。

 

 

 

服部 正 先生

 

 

はい。アート的な視点として、キャンパス内に「雑談・屋台カフェ」をポップアップとして出してみるのはどうだろうと。カフェを訪れる人とスタッフがおしゃべりをすることで新しい関係性が生まれるのではないか、それが社会的処方になるのではないか・・・そう考えて、「甲南大学総合研究所の研究プロジェクト」の実践研究として2023年度の4月からスタートしました。

 

 

 

 

「雑談・屋台カフェ」が新しい関係を生み出す

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

 

「雑談・屋台カフェ」とはどのような取り組みなのでしょうか。

 

 

 

服部 正 先生

 

私と同じような関心を持つ3人の先生と4人で研究チームを作り、チームのプロジェクトとして進めています。カフェのスタッフはそれぞれのゼミの学生たちで、今は一ヶ月に1回のペースで開催しています。日時と場所はInstagramで1週間前ぐらいに告知するなど、ゲリラ的に行っています。

 

 

 

 

 

5分雑談したら、コーヒーが一杯無料!

 

「雑談・屋台カフェ」では、「雑談を5分してください」とお願いしています。5分おしゃべりしたら、コーヒーを一杯振る舞う、というシステムです。誰かがきたら、そこから豆を挽いてコーヒーを淹れるので、ちょうど5分ぐらいかかるんですね。結果的に自然とおしゃべりが生まれて、ほとんどの人が5分以上留まってくれます。中には一時間ぐらい、いろんな人と話をして終わりまでいてくれる人もいますよ。

 

 

 

 

\服部先生に聞く!/

大学内で「社会的処方」が必要な理由

 

 

❶ 雑談の機会が減少
コロナ禍もあり、学生たちが友達以外の人とちょっとした話=雑談をする機会が減少したが、社会に出ると雑談力は重要となる。仕事をスムーズに進めていく上でも、異なる世代やいろいろな人と雑談できる場や機会が必要。

 

❷ 新しい出会いが少ない
サークルや学科など、学内では狭い範囲で関係性が完結してしまいがち。まったく別の研究分野を勉強している学生と話してみると、新しい発見があったり、物事を多面的に考えられたりするなど、さまざまなプラスがある。

 

❸ 学生の孤立を防ぐ
大学でなかなか友達ができない、という学生も少なくない。学生相談室に行くほど深刻ではないが、なんとなく孤立していて、ちょっと寂しい、という学生がスタッフや職員とおしゃべりできる場は大学の居場所づくりにもつながる。

 

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

「雑談・屋台カフェ」では、どんな雑談が生まれていますか。

 

 

 

服部 正 先生

 

 

理系の人と文系の人が初めて会って、たまたま好きなゲームが同じで、話が盛り上がっていたりします(笑)。この前は、あまり友達できなくて授業の情報が回ってこなかったために単位を落とした、という一年生が来てくれました。その学生に4年生のスタッフが「そういう時はグループワークのときに一人になってる子を探すねん。その子もきっと同じように困ってるから、しゃべりかけて、別の時もまた声を掛ける。近くに座ってるうちに友達になれるから!」など、かなり具体的にアドバイスをしていて、やっぱりこういうのは学生同士じゃないと・・・と思いましたね。

 

 

大学が、誰にとっても居心地のいい場所に

たまたま通りがかった非常勤の先生や大学の職員が、コーヒーを飲んで行ってくれたりするんですね。そうすると、学生と職員、職員と教員、あるいは教員同士がつながり新しい関係性ができたり、「大学にはいろんな人がいるんだな」ということを学生が知ってくれたりもします。そういうことが積み重なって、大学が誰にとっても居心地のいい場所になっていくといいなと思います。

 

 

 

小さな「SOS」を拾える場所にしたい

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

4月は不安を抱えて入学してくる新入生も多いと思います。

 

 

 

服部 正 先生

 

今時の学生は、入学が決まった時点でSNSでつながることができますよね。一方で、それに乗り遅れて4月の入学式からいきなり孤独で不安、という状態に陥ってしまう学生もいます。4月はなるべく早い段階で「雑談・屋台カフェ」を開いて、学生たちのちょっとしたSOSを拾っていける場所にしたい。そして、必要であれば学生相談室など、必要な支援につなげる場にしたいと思っています。

 

学生相談室の活動の様子

 

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

今後の展望について教えてください。

 

 

 

服部 正 先生

 

2024年度も引き続き活動を続けられることになったので、月一回は実施して、この取り組みがどういうことを起こしていくのかを見ていきたいと思っています。また、先進的な「社会的処方」を行っている方やアーティストを招いての勉強会も開催して、そこで得た知見をカフェの実践に生かしていきたいですね。

 

美術家・山村幸則氏をお招きした公開研究会 [ 2024年2月23日 ]

 

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

社会的処方にアートの視点が加わると、

楽しく課題が解決されそうですね。

 

 

服部 正 先生


社会課題に取り組むには、しんどいことから始めると大変です。ぜひ、楽しいことや、自分がやりたいことから始めるのがいいと思います。こういうことに関心を持つ人が増えて、「こんな活動が面白い」と、いろんなところにフラッグが立っていく。それが、社会的処方が本来求めているものだと思います。この記事を読んで社会的処方に興味がわいたら、ぜひ「雑談・屋台カフェ」におしゃべりしにきてくださいね。

今回お話しを聞いた人
甲南大学 文学部人間科学科 服部 正 教授

1967年兵庫県生まれ。大阪大学大学院文学研究科芸術学専攻(西洋美術史)博士課程単位取得退学。1995年より、兵庫県立近代美術館、兵庫県立美術館、横尾忠則現代美術館の学芸員を経て、2013年より甲南大学文学部准教授、2019年より現職。アウトサイダー・アートやアール・ブリュット、障害のある人の創作活動などについての研究に加え、アール・ブリュット・コレクション(スイス)、abcdコレクション(フランス)など国内外の研究機関と共同で展覧会企画を行っている。著書に、『アウトサイダー・アート』(光文社新書、2003年)、『山下清と昭和の美術』(共著、名古屋大学出版会、2014年)、『障がいのある人の創作活動』(編著、あいり出版、2016年)、『アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国』(監修、国書刊行会 2017年)など。2018~2022年国際日本文化研究センター共同研究員。2022年度より厚生労働省・文化庁障害者文化芸術活動推進有識者会議構成員。 https://tadashi-hattori.com/

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