社会性の発達とメスの繁殖能力

 世代の重複・共同育児・繁殖分業の3つの特徴で定義される真社会性は、多くの分類群で独立に進化してきました。社会性が特に発達したアリ科、ミツバチ属、シロアリ科の現存量が他と比較して極めて高いことを考えると、社会性の発達がこれらの生態的繁栄の大きな要素であることが理解できます。
 社会性が発達した種ほど大きなコロニーを形成する傾向がみられるため、女王の繁殖能力の発達もみられます。また、社会性の発達段階は繁殖カーストと非繁殖カーストの形態差が指標になっており、特に社会性が発達した種では、ワーカーは女王と同じ遺伝的背景を持つにもかかわらず、内部生殖器官を欠くなどの不妊化が生じています。つまり、社会性の発達段階とメスの繁殖に関する特徴には関係があり、その形態や機能を調べ、社会性の発達段階と比較することで社会性の発達の道筋を理解することができると考えられます。

社会性膜翅目昆虫の受精嚢

 社会性をもつアリやハチ(社会性膜翅目昆虫)では、繁殖メス(女王)は羽化後すぐの限られた時期にしか交尾しないため、交尾から死亡するまでの期間、コロニーを形成するのに十分な精子を一度に貯蔵する必要があります。社会性が発達した種ほど大きなコロニー(=膨大な精子数)とコロニー寿命の長期化(=女王の精子貯蔵期間の長期化)がみられるため、精子を長期間にわたり、大量に貯蔵するという特徴が社会性の発達に必要不可欠であったといえます。一方、機能的な受精嚢を失ったメスはコロニーの主要メンバーである娘を生産することが不可能であるため、機能的な受精嚢を持つことはメスが繁殖者としてふるまうために必要です。そのため、社会性膜翅目昆虫では、繁殖メスと非繁殖メスの受精嚢の形態や機能差は本質的なカースト差であるといえます。 これまでに、社会性膜翅目昆虫の受精嚢に関する研究は断片的で、その形態進化を総合的に考察できる段階ではありませんでした。本研究では、社会性膜翅目昆虫における繁殖メスと非繁殖メスの受精嚢の形態を網羅的に調べ、もっとも社会性が発達しているアリ科女王の受精嚢形態が特殊であることと、アリ科とミツバチ属のみで非繁殖メスの受精嚢が退縮していることを明らかにしました (Gotoh et al., 2008; Gotoh et al., 2013)

アリ科女王の特殊な受精嚢形態はどのような発生過程を経て形成されるか?

 受精嚢形態の網羅的調査により、アリ科女王の受精嚢の形態が特殊化しており、かつ巨大であることが明らかとなりました。この特徴の進化がアリ科女王における長期間にわたる大量の精子貯蔵に重要な役割を果たしたと考えられます。本研究では、その特報がどのような発生イベントを獲得したことで進化したかを明らかにするために、祖先的な受精嚢形質をもつアシナガバチと派生的な受精嚢形質をもつアリ科女王の受精嚢の発生過程を比較しました。その結果、アリ科女王の受精嚢の特殊化は蛹期中期での受精嚢リザーバーサイズの増大(リザーバーは精子を貯蔵する場、下図②から③の過程)と蛹期後期でのリザーバー上皮細胞層の一部分のみの肥大化(下図③から④の過程)という過程を獲得したことにより生じたことが示され、アリ科女王ではリザーバーサイズの大型化が精子貯蔵に重要であることが示唆されました (Gotoh et al., 2009)

アリ科ワーカーの受精嚢はどのように消失するか?

 不妊カーストの進化は、真社会性昆虫にとって重要な特徴であり、社会生物学における大きなテーマでもあります。社会性が特に発達したアリ科の多くの種のワーカーでは、生殖に直接関わる内部生殖器官の退縮が生じていて、形態的にも繁殖が抑制されています。多くの種では、女王とワーカーは同様の遺伝的な背景をもつため、このように大きな形態差は発生学的にも興味深いことです。ほとんどのアリ科の種のワーカーでは、精子を貯蔵する器官である受精嚢の消失化または痕跡化がみられ、完全処女化が生じています。本研究では、アリ科のワーカーの処女化プロセスを発生学的に明らかにする第一歩として、アリ科の5亜科28種のワーカーの受精嚢の発生過程を調べました。その結果、機能的な受精嚢は全て同様の過程で形成されること、成虫期に受精嚢を保持しないワーカーも受精嚢原基を保持しているが、その原基は蛹期の途中で退縮すること、また、受精嚢の退縮のタイミングは種により異なるが、そのタイミングは系統と関連がなく、カースト差の程度と関係していることなどが明らかとなりました(Gotoh et al., 2016)