女王アリの精子貯蔵能力

  社会性ハチ目昆虫(アリ、ハチ)では、女王とオスは羽化後の限られた時期にしか交尾をせず、女王はその時に受け取った精子を精子貯蔵器官「受精嚢」に寿命が続く限り貯蔵し、産卵時に必要な数の精子のみを取り出し受精させています。アリの女王は他の昆虫と比較して極めて長寿であることが知られており、多くの種で10年以上、記録では29年生存する種も報告されています (下図)。これはつまり、女王アリは膨大な数の受精卵を生産するだけの大量の精子を受精嚢内で、女王アリの寿命と同じくらい長寿化させていると言い換えられます。通常、動物のオスの精子は交尾後数時間から数日で著しく劣化し、受精能力も低下することを考えると、女王アリの精子貯蔵能力は極めて特殊ですが、これまでにその分子メカニズムはまったく分かっていませんでした。

女王アリの生活史。女王アリは羽化後まもない時期にオスと交尾する。オスは交尾後に死亡するが、女王アリは精子を腹部の中にある受精嚢に貯蔵し、長い寿命の間、産卵し続ける。

精子がオスに作られてから女王アリに貯蔵されるまでの過程

 一般に、多くの生き物で、メスが複数のオスと交尾をする際には、メスの体内でライバルのオス精子よりも早く泳ぐように精子の形質が進化していると考えられてきました。キイロシリアゲアリ女王も複数のオスと交尾しますが(Gotoh et al., 2017a)、今回の結果から、精子が女王アリの精子貯蔵器官である受精嚢に到達するまでに不動であることがわかりました。精子が運動すると、物理的な損傷や活性酸素の産生による精子細胞へのダメージが発生するリスクがあると考えられます。本種では、ライバルのオス同士で競争して自身の精子の生存率を下げてしまうことより、女王アリの体内で自身の精子を長期にわたって生存させるために精子を不動化させることを優先していることが示唆されました。
 また、受精嚢内の精子は交尾後5年経過していても不動化されていました。受精嚢外に取り出すと運動したことから、女王アリが精子のべん毛の機能を保ったまま精子を少なくとも5年にもわたり生存させていることを証明しました (Gotoh and Furukawa, 2018)

受精嚢内の精子の生理状態

 アリ科女王の長期間の精子貯蔵メカニズムを探るためには、精子を貯蔵する側の受精嚢だけではなく、貯蔵される側の精子についても理解する必要があります。現在、不動化されながら貯蔵されている精子の生理状態を調べているところです (Gotoh et al., in prep.)

受精嚢内で貯蔵されている精子。線にみえるものはすべて精子で、受精嚢内にみっちりつまっている。

受精嚢で発現している遺伝子の特定

 本研究では、精子を保存する女王アリの内部生殖器官である受精嚢の機能に着目しました(下図)。通常、研究材料として使えるほど多くの女王アリを集めるのは困難ですが、当研究室では数千個体も女王を用意できるキイロシリアゲアリという種の女王を材料として用い、その受精嚢でどのような遺伝子が活発にはたらいているかを、RNA-seq法と呼ばれる次世代シークエンサーを利用した技術で特定しました。精子貯蔵に関与すると予想していた抗酸化酵素、シャペロンタンパク、抗菌タンパク、受精嚢内環境に影響するイオンや糖輸送体、合成酵素をコードすると考えられる遺伝子や、具体的な機能は不明ですが、発現量が極めて多い遺伝子も見つかりました。これらほとんどの遺伝子は受精嚢だけではなく、卵巣や中腸などの活動的な器官でも発現していましたが、一方、受精嚢のみで強く発現している遺伝子を12個発見することができました(下図)。これらの遺伝子の機能は他の生物の生殖器官ではまったく知られていないため、これらが女王アリの精子貯蔵に特殊化した機能をもつ遺伝子であることが期待できます。 (Gotoh et al., 2017b)

(左)受精嚢の模式図。受精嚢は、精子を貯蔵する袋状のリザーバーや、精子になんらかの物質を分泌している受精嚢腺という外分泌組織などにより構成されている。(右)受精嚢のみではたらいている遺伝子の一例。この遺伝子は受精嚢腺(色づいている部位)で発現しているので、分泌タンパクとしてリザーバーに分泌され、精子になんらかの影響を及ぼしている可能性が考えられる。