ゆで卵を生卵に戻す!?
~時間を逆戻りさせる「たんぱく質」の魔法~

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2022.4.04
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生卵をお鍋にかけて待つことしばし・・・10分ほどすると、おいしいゆで卵ができあがります。
では、カラをむいて取り出したゆで卵を、もう一度、生卵に戻せるとしたら…?

 

誰もが「そんなバカな!」と思いますよね。
「そんな不思議なことをやってのける(かもしれない)分子が、生物の体の中には存在します」
笑顔でそう語る構造生物化学の研究者、理工学部生物学科の渡辺洋平教授にお話を伺いました。

 

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

「ゆで卵を生卵に戻す」これだけ聞いても面白いのですが
いったいどういうことでしょうか?

 

 

 

渡辺教授

 

卵をゆでると固まるのは、
卵の中のたんぱく質の立体構造が
崩れて(変性)、絡まり(凝集)、固い凝集体になるからです。
この「凝集」により、たんぱく質は本来の構造を失います。

 

その凝集した状態を元に戻すような機能を持つたんぱく質が、
なんと体の中にはあるんです。

 

 

 

 

身近にあふれる たんぱく質の正体
「たんぱく質」と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?真っ先に思いつくのは、肉や卵ではないでしょうか。確かに、たんぱく質は食物に含まれる栄養素の中でとても重要な成分ですよね。あるいはテレビや新聞などで最近よく見かける、新型コロナウイルスの「スパイクたんぱく質」を思い出す人もいるかもしれません。
では、たんぱく質の科学的な定義とは何でしょうか。たんぱく質とは「アミノ酸がペプチド結合によりつながったもの」。たんぱく質の材料として使われるアミノ酸は20種類あって、これらのアミノ酸が数100個、決められた順番につながり、立体的な構造をとったものが、たんぱく質です。

 

 

 

 

あまり知られていませんが、私たちの体の中には、約10万種類ものたんぱく質があります。それらが必要な場所で決められた機能をきちんと果たしてくれるから、私たちは健やかに生きていけるのです。ちなみ人体を構成する約37兆個の細胞の中は7割が水分で、残りの3割は生物に特有のさまざまな分子。その分子のうちの半分を、たんぱく質が占めています。
たとえば、酵素やコラーゲン、筋肉を動かすアクチオン・ミオシン、あるいは細胞膜に埋め込まれた膜たんぱく質など、遺伝子情報に基づいてつくられた無数のたんぱく質が、私たち人間の生命活動を担っているのです。

 

 

 

 

ゆで卵を生卵に戻す たんぱく質とは?
このように、いくつものアミノ酸からなるたんぱく質ですが、アミノ酸がただつながった“ヒモ”のような状態では、たんぱく質としての役割は果たせません。機能を発揮するためには、アミノ酸のヒモが立体的に折りたたまれて(これをフォールディングと呼びます)、特定の立体構造となる必要があります。

 

その上で、分子シャペロンと呼ばれる特別なたんぱく質が、フォールディングを手助けします。たんぱく質がフォールディングする過程で、ほかのたんぱく質と勝手にひっついたり(=凝集)してしまう、設計図通りの正しい立体構造に仕上がらなくなってしまいます。分子シャペロンは、凝集しそうなたんぱく質を抑え込んで、正しくフォールディングするための時間稼ぎをしてくれたりします。

 

分子シャペロンにはいくつか種類があって、その中に、いったん凝集してしまったたんぱく質を元の状態に解きほぐす働きを持つものがあるのです!それが、私たちの研究グループがバクテリアの中から見つけた「ClpB」です。このClpBと似たようなたんぱく質は、酵母からも見つかっています。私たちは長年、このClpBがどうやって、たんぱく質の凝集をほぐすのか、その分子レベルの仕組みを研究しています。

 

 

つまり分子シャペロンを使えば
ゆで卵を元の生卵に戻すことが
“理論上”では可能!

 

 

 

渡辺教授

 

というのも、私たちの研究では普段、
非常に少ない量の凝集したたんぱく質に
分子シャペロンを作用させて、その効果を調べています。
ゆで卵のような巨大なたんぱく質を、まだ戻したことがないんです・・・

 

ですが「ぜひ自分の手でゆで卵を戻したい」という学生が
研究室にやってきたのを機に、ゆで卵を戻す実験に挑戦しました!

 

大量の分子シャペロンを調製し、分子シャペロンの働きに必要な、
エネルギー物質ATP※を継続的に供給できる仕組みもつくりました。
残念ながら、ゆで卵の生卵復活にはまだ成功していませんが、
今後もチャレンジを続けるつもりです。

 

 

※ATP・・・アデノシン三リン酸
筋肉の収縮など生命活動で利用されるエネルギーの貯蔵・利用にかかわる物質で、「生体のエネルギー通貨」と呼ばれる。

 

 

 

 

生卵に戻せるだけじゃない!医療に希望の光が広がる
たんぱく質の凝集を自在に解きほぐせるようになれば、そのメカニズムを病気の治療に活かせる可能性が出てきます。いま考えられるのが、認知症のひとつであるアルツハイマー病です。脳内でアミロイドβたんぱく質が固まるために引き起こされる病気なので、アミロイドβの凝集をほぐせる分子シャペロンを設計できれば、治療の一助となる可能性があります。もちろん、脳内の病変している箇所に正確に分子シャペロンを送り届ける技術や、エネルギー源のATPを供給する技術など、治療にはさまざまな関連技術を結集する必要があります。とはいえ、狙ったたんぱく質の凝集を解きほぐす技術を確立できれば、たんぱく質が関わる他の病気の治療にも応用できるでしょう。

 

 

 

渡辺教授

 

私たちの研究は、病気の治療が主目的ではありません。
けれども、生命の謎を解明することは、
人類に大きな福音をもたらす可能性があります。
それが、私の研究に向かう強いモチベーションになっています。

 

 

 

KONAN-PLANET 記者

 

「ゆで卵を生卵に戻す」という視点が、
たくさんの人を救う可能性を秘めていることに驚きです。

 

食物だけでなく、私たちの筋肉や皮膚、髪の毛や爪もたんぱく質。
だからこそ、大きな可能性を感じますね。
これからも、渡辺教授の研究に注目していきたいと思います!

 

 

本記事は学園広報誌『KONAN TODAY NO.61』に
掲載中の「甲南アカデミア」を再編集しています。

 

 

 

今回お話しを聞いた人
理工学部 生物学科 渡辺 洋平 教授

東北大学理工学部生物学科卒業。東京工業大学総合理工学部研究科物質電子化学専攻博士課程修了。東京工業大学資源化学研究所などを経て、2005年甲南大学理工学部講師、2013年より同准教授、2017年より現職。日本蛋白質科学会、日本生物物理学会、日本生化学会などに所属。健康診断の結果に背中を押されてランニングを開始。フルマラソンを完走するも今は膝を痛め休止中。次は何をしようかな。

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