はじめに

 私たちは日常の出来事をどのように記憶し,また,勉強したことをどのように記憶しているのか,脳科学の急速な進歩によりその仕組みが,徐々に解明されてきました。中でも記憶を定着させる上で良質の睡眠が大変重要であり,さらには恐怖記憶など忘れた方がよい記憶が,良質な睡眠により忘却されることも明らかにされています。

 ヒトの記憶に関して研究をしていると,多くの人が苦労して勉強した内容を,残念ながら不適切な睡眠習慣により,しっかり記憶できない状況にあることに気が付きます。現代社会において,睡眠の質の劣化や量の減少が指摘されており,日本人の睡眠傾向の調査結果では,1960年から2005年までの45年間で,平日の就床時刻は,小学生で60分,高校生で80分,40歳代で90分遅くなっています。すなわち,低年齢層を含めた日本人の生活の夜型化が進んでいるのです。また,実質の睡眠時間をみても1時間近くも減少しているのです。そのため,現代日本人は,ヒトが本来持っている記憶能力を充分に引き出せなくなってしまったのです。

 そこで,現代日本人の睡眠事情と記憶能力の関係を考察し,如何に良質の睡眠を実現し,記憶能力を引き出していくかを5回にわたってわかりやすく解説します。

 第一回目は,寝ている間に記憶がどのように定着されるかを説明します。二回目以降で,良質の睡眠の実現方法をお教えします。