第1回 「睡眠と記憶について/基本的な睡眠とは」

 基本的な睡眠は,7時間半寝るとすると,ノンレム睡眠とレム睡眠が1セットとし1時間半で,起床までにノンレム睡眠-レム睡眠のセットが5回繰り返されます。ノンレム睡眠は,脳を休める睡眠です。一方,レム睡眠は,身体を休める睡眠です。ヒトの脳は非常に巨大化しており,更に,その重量は体重の5%であるのに基礎代謝は身体全体の20%に達します。すなわち脳は非常にエネルギー食いなのです。この脳を休ませるためにノンレム睡眠があるのです。また,レム睡眠は「夢」を見ている睡眠でもあります。(夢を見たことは必ずしも覚えているとは限りません。)就床して最初と2回目のノンレム睡眠-レム睡眠では,ノンレム睡眠は,大変深い睡眠です。そして,後半の2回のノンレム睡眠は浅い睡眠です。つまり,睡眠の前半では,ぐっすり寝ていて脳がしっかり休んだ状態で,少々揺すったくらいでは目覚めません。睡眠の後半では,脳はある程度活動しています。また,睡眠の前半では,レム睡眠は数十秒間の非常に短いもので,後半(朝方)では,30分近くも続く長いものになります。

 睡眠の重要な働きに記憶の固定があります。記憶の固定とは,日中に記憶したこと(学習や経験)を忘れないように脳に定着させることです。
 記憶には,宣言的記憶と手続き記憶があります。宣言的記憶の代表格はエピソード記憶と意味記憶です。エピソード記憶とは,「いつ何処で何があった」かに関する記憶で自伝的記憶ともいわれる「日記」のようなものです。意味記憶は,事物の意味・性質・特性など指します。例えば,歴史の勉強では「徳川家康が1603年に江戸幕府を開いた後,太平の世が264年間続いて,庶民文化が栄えた」ことを学習したとします。エピソード記憶は「庶民文化が花開いたのは,徳川家康が江戸幕府を開き,その後約250年間平和が続いたためである!」というセッティング(文脈)を含んだ記憶です。一方を「江戸幕府を開いたのは徳川家康である」,「江戸幕府は1603年~1867年である」といった事実関係は意味記憶に分類されます。そして,これら宣言的記憶はノンレム睡眠およびレム睡眠の両方の働きによって固定されます。そして,レム睡眠時には,新たな記憶を既に記憶したこと(かつての記憶や経験)と関連づけるとともに,次回記憶を思い出す(想起する)際にスムーズに出来るように「索引」を付ける作業が行われます。
 また,記憶と睡眠の関係において,ノンレム睡眠-レム睡眠は異なる働きをもっています。ノンレム睡眠は,深いノンレム睡眠(一晩の睡眠の前半に多い)では,「いやな記憶」を消去する働きがあります。一方,浅いノンレム睡眠(一晩の睡眠の後半:朝方に多い)は,手続き記憶を固定する働きがあります。手続き記憶とは,自転車の乗り方や,習字,スポーツの技術などを身につけることと理解してください。また,浅いノンレム睡眠には,昼間記憶したことと過去の記憶を結合する働きもあります。これは色々な記憶を相互に関連づけることです。例えば,今日観た野球のゲームでA選手とB選手がホームランを打ったとします。A選手は満塁ホームランで4点入り勝利に貢献したのですが,B選手はソロホームランで1得点だったとします。そうすると,浅いノンレム睡眠の時にA選手のホームランと勝利の関連が記憶されるのです。言い換えると,浅いノンレム睡眠が無いと,誰のホームランがチームを勝利に導いたかが記憶されません。

 基本的な睡眠として,7時間半寝るとすると,前半では深いノンレム睡眠が出現し,後半で浅いノンレム睡眠が出現することを思い出してください。就床後,間も無い時にしっかり寝ないと,昼間に経験した恐怖などの「嫌な記憶(嫌な感覚)」が消えず,心が癒されません。また,3時間や4時間の短時間睡眠では,浅いノンレム睡眠が無くなり,昼間一生懸命練習したことが身につかず,また,色々な出来事の関連情報が記憶されません。更に,短時間睡眠では,朝方の長いレム睡眠がないので,記憶の定着や記憶の索引付けが出来なくなります。

 以上のことから分かる通り,我々の記憶能力を充分に引き出すには,最適な睡眠環境で充分な長さをまとまって寝ることが重要です。最適な睡眠時間は・・・個人差はありますが,6時間あるいは7時間半です。

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