「芸術療法」における「芸術」と「治療」の
関係を再考する
芸術学と芸術療法の共有基盤形成に向けた学際的研究
文学部 人間科学科 教授
芸術療法:「芸術」で心を「癒す」
一般に、「芸術」には、人の心を「癒す」力がある、と良く言われる。そうした芸術の「治癒力」を、心理臨床や精神科医療の現場で、心の病いの「治療」のためや、ホスピス等での緩和ケアのために用いるのが、芸術療法である。多くの場合、セラピストや精神科医が「治療」の一環として、患者に、芸術的な表現活動を行わせる。表現の種類によって、絵画療法、音楽療法、心理劇、箱庭療法、舞踏療法、コラージュ療法などがあり、芸術療法は、これら多彩な技法の総称である。芸術作品を鑑賞することよりも、自分が「表現者」として芸術創造に携わることで「癒し」を得ることが主軸となっている。(キャプション:甲南大学人間科学研究所でのワークショップ)
「非言語コミュニケーション」
視聴覚芸術の表現行為は、「言葉」の壁を超えた「非言語コミュニケーション」を可能にする。例えば、患者が言葉を発することが出来ない状態でも、「描画」などの作品に心の様態があらわれる。言語化(概念化)されていない、つまり本人も認識していない深層心理が作品にあらわれることも多い。心に重大な問題を抱えている時には、それが思いもかけず作品の中に溢れ出てしまい、本人がショックを受けたり、そのせいで病状が悪化したりすることもある。それゆえ、「芸術」ならば何でも「癒し」になるというのは大間違いであるばかりか、芸術療法は専門家の監督の下で行わなければ危険でさえある。(キャプション:画家ルイス・ウェイン(1860-1939)が精神病院で入院中に描いた作品)
「芸術」なのか。「治療」なのか。
美術史を紐解けば、心を病み自殺した芸術家が大勢いる。彼らは「芸術」に命を捧げた。つまり、「芸術」には、人を死に追いやる力もあるのだ。 ただし、「治癒」を目的とする芸術療法では、制作技術の巧拙は問わないし、作品の「芸術的(美的)」価値や完成度も重視しない。しかし、美的価値の創出に伴う患者の充足感と、「治癒」効果とは無縁ではないだろう。では、「芸術」と「治療」との間には、どんな関係があるのか。 この問いをめぐって、甲南大学人間科学研究所をベースとして、芸術学者、美術史家、精神科医、臨床心理学者、芸術療法士など、多彩な専門性を備えた研究者が協同研究を展開している。