法学部 教授 田中 誠人 × 理工学部機能分子化学科 山羽 宏幸

法学部 教授 田中 誠人 × 理工学部機能分子化学科 山羽 宏幸

先生の研究内容についてお伺いします。研究分野は民事手続法ということですが、法律はいくつもの分野に分かれているのでしょうか?

田中教授

そうですね。法律は大きく分けて公法と私法という2種類に分けられます。
公法とは、国と国民の関係を規律する、国の制度に関する法律のことをいいます。
憲法、刑法、行政法などが代表的な公法です。
一方で、私法とは、個人と個人の関係を規律する法律、財産や契約に関する法律のことで、代表的なものは民法です。
売買契約を結んだらどういう権利が生じるのかとか、例えば不法行為、交通事故、何かが起こった時に加害者がどんな義務を負って、被害者がどんな権利を持つのか、というような形でその権利、個人の財産権について定められている法律が私法ということになります。
もう一つ、刑事法と民事法という分類があります。
犯罪が生じた場合、犯罪者をどう処罰すればいいのかという法律を刑事法といい、公法の一分野です。
また、民事法は私人間の法律関係を規律する法律で、先ほどの私法とほぼ一致する概念です。
公法の一部である刑事法に対抗して、「じゃぁ俺たちは民事法だ!」と名乗りを変えているわけですね。
さらに法律は各分野で、権利義務の発生や消滅、変更などの内容について定める実体法と、実体法で発生、消滅、変更した内容を反映するための手続を定めた手続法に分けられます。
私は、民事法の中の手続法、つまり民事手続法という分野を研究対象にしています。
民事手続法は、民事上、何らかの権利について紛争が生じた場合に裁判所で行われる手続を定めている法律で、民事法(私法)に分類されながらも性質的には国の制度を定める公法に近いというちょっとひねくれた法律です。
裁判所で行われる手続には、代表的な民事訴訟以外にも、民事執行(民事執行法・保全法)や倒産(破産法・民事再生法・会社更生法)の手続もあり、これらを含めた裁判所で行われる民事手続全般が私の専門分野です。

先生のゼミでは、民事訴訟法をテーマにされていますが、民事手続の中で、民事訴訟が代表格ということが分かりました。では、民事訴訟法の中で、具体的にどのような研究をされていますか?

田中教授

大学院で専門的に研究して、研究者になるきっかけでもある、相殺の抗弁がテーマです。
民法の相殺という制度を民事訴訟上で使った場合に、どのような効果や影響が出るかということを研究しています。

大学院へ進学する割合は、理系学生と比べると文系学生では低いと思います。法学部の学生であった田中先生が大学院に進学しようと思ったきっかけを教えてください。

田中教授

そもそも私が法学部に進学したのは、小さい頃から裁判官になりたかったことが理由です。
法学部に入って法律を学んでいくと、当然「こういう場合はどうなるのか」という疑問が生じてくるわけで、それを考えるのが楽しいと感じていました。
一方で、裁判官になるためには司法試験に合格しなければならない訳ですが、当時、受験勉強として一般的だったのは詰め込み式の勉強方法で、先ほどのような「考える」こととは違うものでした。
それが本当につまらなくて勉強がはかどらず、でも裁判官になりたいという気持ちは捨てきれず、大学卒業後は無職のまま司法試験を目指して浪人する、いわゆる司法浪人となりました。
今考えると随分と中途半端だったと思います。
そのような時に、アルバイトの先輩に大学院に進学して研究者を目指していた方がいらっしゃって、今では兄弟子ですが、その方に、私が感じた法律の問題点について片っ端から質問させていただくうちに進学を勧められたことがきっかけで、大学院に進学しました。
大学院進学後、指導教授の小島武司先生は本当に研究が大好きで、にこにこと議論に付き合ってくれる先生と話すのがとても楽しくて、小島先生に憧れて研究者の道を目指しました。
この決断は修士課程2年生の時(大学卒業後4年目)ですね。
ずいぶんとスロースターターでした。

先ほどの質問で、先生はご自身が面白いと思った道に進まれたということが分かりました。先生の職業観についてお伺いします。YouTuberという職業は、世間一般の親に理解を得られにくいと思いますが、例えば先生のお子さんが「YouTuberを目指す!」と言い出した場合、どのように思われますか?

田中教授

何を目指すにせよ、将来設計があるかないかが大事だと考えています。
YouTuberなら、チャンネル登録者数の目標、月収の目標、そういった目標を立ててちゃんと食べていける目算があるのであれば立派な将来と言えるでしょう。
それらを提示して周囲を説得できるのであれば私も支持しますが、何もプランがない中で、かっこいいから、楽そうだからという理由では、支持できませんね。
それは、司法試験も含めどんな仕事でも同じで、ひたすらビッグになる夢を描きながら無暗に目指すのではなく、もちろん夢を描きながらも冷静に自分を客観視しながらしっかりとプランニングできるのであれば、どんな職業を選んでも問題はないと思います。

今後取り組みたい研究を教えてください。

田中教授

最近興味持っているテーマは自白と釈明権の関係性です。
自白は定義すると「相手方の主張と一致する自己に不利益な内容の陳述」なんですが、この「自己に不利益」には学説上争いがあって、何をもって「自己に不利益」とするのか明確ではないんです。
一方で、訴訟の内容を明確にするために、裁判所が、当事者に対して、発言の内容について説明を促す権利を釈明権といいます。
この釈明権については裁判所が求めすぎると一方の当事者だけを優遇することにつながりますが、ではどこまで釈明権行使できるのかについても境目ははっきりしません。
釈明権がどのような権限で、民事訴訟法の母法であるドイツ法でどのように扱われているのか、裁判所の釈明権行使がどの範囲で認められ、当事者の自白にどのような影響を与えるのか、影響を与えるべきなのか、について研究してみたいと思っています。

裁判官は自由に質問できないのですか?訴訟のイメージとして、裁判官があれこれ指示を出しながら調査を進めて判断を下すのではないのでしょうか?

インタビュアー 山羽
田中教授

一般的には「裁判所に紛争を持ち込めば後は裁判所が正義を実現してくれる」とイメージされがちですが、実は訴訟手続では「当事者主義」という考え方が採られていて、簡単に言うと当事者が自分で頑張らないと権利を認めてもらえないんですよ。
裁判官に見つけやすい事実だけで判断すると誤った判断を導きかねないので、「権利を認めて欲しければ頑張って資料を提出しなさい」「裁判官は当事者が出してきたものだけを見て判断しなさい」というシステムになっています。
講義でもこれを言うと皆さんが一瞬「え?」となる、民事訴訟法の講義はこのハンマーセッションから始まります。(笑)

話は変わりますが、近年AIの進化で、様々な仕事がAIに奪われるという予測があります。今後、裁判官はAIに置き換わると思われますか?

田中教授

私は難しいと考えています。訴訟手続における事実関係は事件ごとに異なっており、全く同じ事件は発生しません。
背景が似ていたとしても、事情はそれぞれ異なっている訳です。
そのため、AIが柔軟に対応できるのか疑問です。
法律は硬いものと考えられがちですが、むしろ人情や道徳といったものを含めた人間的な判断が、法律の、特に民事訴訟の世界では求められているように思います。
例えば、法律には信義則という考え方があります。
これは、法律の世界のスポーツマンシップのようなものです。
具体的には、対立している当事者間で、人質を取って脅してはいけない、相手を騙し討ちしてはいけない等、法律では明確に定めることができない、「最低限やっちゃいけないことってあるよね」というルールで、民事訴訟法の第2条には「裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない」と定められています。
この部分は、人間の感情を理解してないと判断できないので、AIにはおそらく対応できないと思いますね。
訴訟手続は良い点も悪い点もありますが人が人を裁く世界で、その部分は今後も変わらないと考えています。

インタビューをした感想

今回、法学部の田中先生へのインタビューはとても貴重な体験となりました。法律という難しい分野について自ら学ぶ機会は少ないなか、田中先生の説明はわかりやすく、インタビュー後に法律について初めて面白いと感じました。

インタビュアー 山羽