経営学部 教授 井上 定子 × 経営学部 清野 吉平
大学生の時はどのような学生でしたか?

授業をする先生からすると、嫌な学生だったと思います。大学1回生、2回生の一般教養科目の多い時はサボり魔でした。例えば出席を取る授業では、出席確認をしてすぐに教室を退出したりしていましたね。3回生の時からゼミが始まり、それと共に専門科目も始まりました。その専門科目に面白みを感じて、勉学に真剣に取り組むようになりました。
教授になられるような方でもそのような学生時代があるというのは少し驚きました。

大学生のうちにしておいた方がよかったことや、していてよかったことはありますか?

留学に行っておけばよかったなと思いますね。中学生の時から学校で英語の勉強をしていましたが、当時は単語や文法の暗記ばかりの詰め込み式で、SpeakingやConversationの学びがないので面白みを感じられず、英語が嫌いでした。お金は無いけど時間はあった大学時代に、海外留学をして生きた英語を学んでおいた方がよかったなと後悔しています。
また、大学生のうちにやっていてよかったなと思ったことは、無駄な時間を過ごしたことですね。学生時代は無限に感じた時間も、社会に出て働き始めるととても短く感じられます。だからこそ、大学生のときに無駄なことに時間を費やしたのは有意義だったなと思います。研究でも、決まった時間に目的を達成するのではなく、無駄な時間の中でのひらめきや発見の繰り返しが形になっていくので、学生時代の無駄な時間を過ごした経験は生きているのかなと思います。
あえて無駄な時間を過ごすというのは今まで僕の発想の中にはありませんでした。僕も大学生活はもう半分も残っていませんがたまには意味のない時間を送ってみるのも悪くないかなと思います。

高校までの学びと大学での学びの違いはどのように感じられましたか?

高校まではカリキュラムできっちり決まった「答えのある学び」で、大学は「答えのない学び」であり、好きなことが学べるのが違いかと思います。また、大学は受験のための勉強ではないのが異なる点だと思います。
僕も高校生の頃、受験のために性に合わない科目の勉強をしていましたが、やはり少し苦痛でした。しかし、現在は大学に進学して興味のあった経営学を楽しく学んでいます。なので、僕も教授と同じような価値観なのだと思います。


そうだと思います。特に大学の学びは、答えが1つではないのが魅力的だと思います。

大学院に進もうと思ったきっかけは何ですか?

私はもともと大学生時代、経済を専攻していました。そのため、大学生の時は簿記や会計はほとんど勉強していませんでした。簿記の授業はありましたが、先生の教え方が性に合わず苦手でした。その後、大学を卒業し一般企業に就職しました。働き始めて2年目に営業企画部に配属され、そこで少しずつ数字に触れる機会が増え、簿記や会計学の勉強をする必要性を感じました。それから、専門学校の通信授業を受け簿記を2級までとった時期に阪神・淡路大震災が起こりました。そのときに「人生何があるか分からないな」と思うと共に「このままこの組織の中に居続けるのもどうだろう」と思い立ち、ちょうど簿記や会計に興味が湧いていたので、税理士になろうと思いました。そこで大学院受験を考えました。
大学生の時から簿記や会計学が好きだったのではなく、社会人になってから興味を持ったというのがとても意外です。

国際会計を専門とされるようになったきっかけは何ですか?

図書館で大学院受験のための勉強をしていたときに、偶然雑誌『會計(かいけい)』という本を見つけました。その中に外貨換算会計に関する論文が載っていました。それがとても興味深く、最終的にはその論文の著者である先生が在籍している大学院に入学することになりました。ですので、私が国際会計の分野を専門としたきっかけは、本当に偶然手に取った雑誌の中にあった、国際会計の一分野である外貨換算会計に興味をもったことからですね。
研究職につかれる方は皆さん学生のうちに学んでいた分野に興味を持ち研究をされるものだと思っていました。国際会計の分野とは、なかなか運命的な出会い方をされたのですね。

国際会計の面白さや魅力は何ですか?

簿記の処理方法は会計のルール、つまり会計制度によって定められています。しかし、制度は変わっていくものです。皆さんは、あくまで日本の今の会計制度に基づいた簿記を勉強しているわけです。では、日本の会計制度は果たして世界で通用するのでしょうか。事業活動のグローバル化が進んでいる現代において、日本の会計制度に基づいた企業の財務諸表は、世界に通用しません。世界標準の会計基準として「IFRS(財務報告会計基準)」があります。このIFRSは、日本と言語や文化が異なるアメリカやイギリスなどが中心となって作成された基準です。そのため、日本にIFRSをどのようにして導入するのかについて様々な対応を考えることは、意味のあることで、とても面白い研究テーマであると思います。また、日本だけでなく世界の会計制度を研究対象とする点も国際会計の魅力かと思います。
確かに僕もグローバル化している世の中で日本がどのように世界の基準に対してアプローチをしていくのか、また、していくべきかを考えることはとても重要だなと思います。

授業で学生に国際会計を教えるにあたって、気をつけていることや心掛けていることは何でしょうか?

難しいですね。会計の上位科目になればなる程、学生の簿記や会計の知識が極端なので成績をつけるとあまり正規分布にならず、2つ山の分布(成績評価が優・秀のグループと不可・可のグループ)になることが多いです。なので、優や秀の学生向けに授業を進めると不可や可の学生が置いていきぼりになりますし、不可や可の学生向けに授業を進めても優や秀の学生はつまらない授業となってしまいます。だからといって、それらの間の難易度(良)にしたら誰のニーズも満たすことができません。ですので、私はよく「言い換え」をするようにしています。優や秀の人向けにはその先の理論的な話もするようにして、不可や可の人向けには平たい言葉で砕いて説明しています。また、学生はあまり好まないかもしれませんが、学生のある程度の知識を知り、授業の難易度を調整するために、授業中に質問をして指名した学生に回答を求める時があります。これを行うと、授業から人が少しずつ消えていってしまいますが。
確かに人前で答えたくないと思う学生もいるとは思いますが、自分の価値観や考えを回答することで、答えが合っていても間違っていても、良い学びになるのではないかなと思います。

現在の先生の研究テーマは何でしょうか?

清野さんは、国際会計基準を適応するといったらどんなイメージがありますか?
グローバルに展開している企業が使うというイメージです。


それは国際会計基準のIFRSを全て使用するイメージですか?
そうですね、その基準に沿って使用する感じかと思います。


そう思いますよね、でも実はそうではありません。
IFRSの導入方法(アプローチ)にはいくつかバリエーションがあります。1つ目は「アドプション」というものです。これはIFRSを1から10まで踏襲する方法です。2つ目に「コンバージェンス」というものです。これは、自国でもともと適用している会計制度にIFRSを参考に寄せて修正していくという方法です。3つ目に「エンドースメント」というものです。これはIFRSに記載してある内容を、各国が1つ1つ確認して、適用できそうであればそのまま適用し、難しければ少し修正を加えて適用していくというものです。確かに世界標準の会計基準(IFRS)というものはありますが、それをそのままの形で導入している国は少ないです。IFRSをそのままの形で導入しているのは会計基準の定まっていない発展途上国がほとんどです。先進国の多くは、自国にある既存の制度と融合させたり、制度を変化させたりする「エンドースメント」という方法をとっています。そして日本では「アドプション」以外すべてのアプローチを活用しています。さらに日本はそれ以外に「任意適用」というアプローチもとっています。これは、複数の会計基準を、企業それぞれに選択させて使用してもらうという方法です。例えば、日本の上場企業はIFRSを含む4種類の会計基準から選ぶことができます。このように日本では適用できる会計基準が複数存在しており、ある意味カオス状態なのです。そこで私は、社会学の知見を織り交ぜながら、IFRS導入に伴って生じる会計基準のグローバリゼーションとはどのような意味合いがあるのかについて研究しています。また、前に述べた「任意適用」の場合、複数の会計基準が共に存在するため、社会学の知見の1つである「共生の概念」を援用して会計基準の共生についても考えています。このように、私は国際会計基準(IFRS)という制度について社会学や国際社会学の知見を用いた学際的な研究を行っています。
事前に教授の論文を読ませていただき、財務諸表を見てそれをもとに研究対象の企業や会計基準の評価をしていくというものではなく、会計制度そのものの研究をなさっていることは存じていましたが、本日それに加えて社会学を交えて研究されていると聞き、新しい視点だなと思いました。


日本の企業は国際会計基準のIFRSを導入していくべきでしょうか?また、導入にあたってのメリット・デメリットはありますか?

結論から言えば、IFRSを導入するかどうかは企業に選ばせてあげたら良いと思います。今の日本の証券市場はプライム市場、スタンダード市場、グロース市場の3つがありますが、プライム市場に上場している企業は基本的にグローバルに活動する企業が多いため、半数ほどがIFRSを使用(あるいは使用の予定を)しています。対して、スタンダード市場に上場している企業は基本的に日本で活動をしているため9割ぐらいの企業がIFRSを使用せず、日本の会計基準を使用しています。グロース市場では比較的成長型の若い企業が多く、少ないながらもスタンダード市場よりもIFRSを使用している企業が多いです。ですので、スタンダード市場の企業よりもグロース市場に上場する企業の方がより海外を目指して活動しているように思われます。このことから、企業に会計基準を画一的に選定させるのではなく、それぞれの企業に合う会計基準を選ばせるべきだと思います。そういう意味では、日本の採用する「任意適用」というアプローチは賢いやり方だと思います。
IFRSを導入した際のメリット・デメリットについてですが、まずメリットは、海外での資金調達がしやすくなるということです。海外で資金調達を行う際に、日本の会計基準で作成した財務諸表では現地の投資家に受け入れてもらえませんが、国際会計基準(IFRS)であれば受け入れてもらえます。
さらに、会計基準を統一することで各国の企業の財務報告が比較しやすくなります。例えば、ある企業の損益計算書を異なる国(アメリカ・イギリス・オーストラリア・ドイツ)の会計基準で作成した場合、イギリスの会計基準で計算した純利益の値とドイツの会計基準で計算した純利益の値に26倍もの差が生じることを示した学術論文があります。このように、同じ企業の損益計算書であっても、会計制度が異なれば、利益数値が大きく異なってしまうため、各国の企業の財務報告の比較が困難となります。しかし、各国が同じ国際会計基準(IFRS)を導入すると、共通の会計基準に拠った財務報告となるため、企業間比較がしやすくなるという利点があります。
デメリットは、日本の会計基準はIFRSと多くのギャップがあるため、導入と運用のコストがかかること、グローバルに展開しておらず主に日本国内で活動している企業には、IFRSを導入するメリットが少なくコストばかりかかってしまうことです。
同じ数値を使用しても会計基準によってそこまで利益の差が生まれてしまうものなのですね。本当に興味深いです。

今後研究していきたいテーマは何ですか?

テーマとしては日本でみられる「任意適用」つまり、会計基準の共生について研究を深めていきたいと思っています。ひと昔前は他の先進国から批判されていましたが、「任意適用」というアプローチは見直され、「任意適用」を採用する、あるいは採用を検討する国が多くはありませんが増えてきています。そこで私は、「任意適用」される複数の会計基準の関係性について、同列にあるのか、それとも優劣があるのかなど、疑問を抱き、(国際)社会学において研究されている「共生あるいは多文化共生の概念」を援用して、その疑問を明らかにするべく研究を行っています。今後は、会計基準の共生(「任意適用」)には多様性がみられること、つまり、企業別だけなく、上場する市場別に会計基準を選択させるような可能性など、様々な価値提案を行っていければと思っています。
日本の会計制度の任意適用が評価されているのは、なんだか嬉しく感じました。今後行っていく価値提案に関しても気になります。

インタビューをした感想
このような貴重な機会を頂けて大変光栄です。初めてのインタビューでしたので、緊張していましたが、井上先生が逆質問をしてくださったり、学生時代のことなど身近に感じるお話をいただき、空気が和み、緊張が一気にほぐれました。
今回のインタビューで、国際会計に関する学びを得ただけでなく、井上先生のお話を聞いて、学生時代に興味のなかった分野を社会に出てから勉強したり、偶然手に取った雑誌の中に掲載されていた論文に興味を持ったことで今に繋がっていたりと、本当に人生は何があるのかわからないなと思いました。僕も、今興味を持っていることを大切にしながら、アンテナを広げて様々なことに挑戦していきたいと思います。また、今回インタビューを行った経験を、就職活動時や社会に出てから活かしていきたいと思います。



