
知能情報学部 4年生 Mさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)
書名 : なりすまし
著者 : 越尾圭
出版社:角川春樹事務所
出版年:2025年
戸籍という“国家の台帳”が、ここまで人の生を左右するのかと衝撃を受けた作品。ブックカフェ店主・和泉浩次郎は、出勤した朝に妻エリカの惨殺体を見つける。捜査で明かされるのは、妻が戸籍を偽って生きていた事実。しかも和泉自身も別人の戸籍を買って生きる「なりすまし」で、警察に深入りされれば自分も崩れる。この二重の地雷が、冒頭から読者の呼吸を奪う。赤い表紙の不穏さの通り、平穏な家庭が制度の穴に呑まれていく過程が容赦ない。
物語は、戸籍売買、無戸籍児、加害者家族といった現実の暗部を、単なる設定で終わらせず「なぜそうせざるを得なかったのか」という事情と感情に落とし込む。脇役の刑事やブローカー的存在が“制度の綻び”を別角度から照らし、善悪が単純に割れないところが後味を深くする。“身分証明”が崩れた瞬間、人は誰からも救われなくなるという恐怖が、事件の血よりも冷たい。胸に深く長く残る。一方で、人物と名前(戸籍)の入れ替わりが重なり、途中から「整理しないとこんがらがる」「ご都合主義に見える瞬間がある」という指摘も散見される。けれど、その“混線”こそ、名前を失い、誰にも証明されない人生を生きる息苦しさの再現でもあるのだろう。
社会派の硬さよりも、サスペンスの疾走感が前に出ているので、重いテーマが苦手でも読みやすい。ただ、伏線の回収は“意外性”に振れやすく、論理パズルの端正さを求める読者には好みが分かれるかもしれない。とはいえ、身分とは何か、家族とは何かを突きつけるラストの余韻は強い。時間を取って一気に読み、途中で人物相関をメモすると、痛みと興奮の両方がより鮮明になる。
現代の“ID社会”に住む私たちへ、静かな警告として響くような思いがくる。実際に起こっている問題でもあるから、ただのフィクションとは感じられない。私達の隣り合わせのことだと考えると、より一層に深く読める。
