中村聡一先生(マネジメント創造学部)「リベラルアーツと大学」

☆新入生向けの図書案内
 大学入学にあたって、「習慣づけ」をキーワードに、皆さんの長い学校生活の最終局面を考えてはいかがでしょうか。
 どんなひとでも、無数の「習慣」を身につけます。死ぬまで、続くと思ってください。
 大ベストセラー物語『トム・ソーヤの冒険』『ハックルベリー・フィンの冒険』を著しアメリカ文学の礎を築いたと評される小説家マーク・トウェインは、晩年の(プラトン流対話スタイルの)著書『人間とはなにか』で、すべての生き物は産まれもった心と身体の機能と環境により得るところの習慣により動き続ける自動機械と語っています。
 それに先立ち「進化論」を提唱したチャールズ・ダーウィンは、主著『種の起源』にて、進化とは、個が世に生を受けるはるか以前の起源種にまでさかのぼり環境を生き抜くために身につけた習慣の蓄積と主張します。
 「習慣」をどう捉えるかは、人類が「文字」を初めて獲得した紀元前の古代までさかのぼり、「人間とはなにか」を考えるうえで必ず登場する主要なテーマです。
 『ニコマコス倫理学』に見られるよう、古代ギリシャ哲学者のアリストテレスは、紀元前5世紀には、すでに、「習慣」を人間の行動パターンの根幹に位置付けています。マーク・トウェインやチャール・ズダーウィンより、2000年以上も前の話です。「善く生きる」「良い習慣」を教える教育と政治を主張しました。
 「宗教」の台頭により、「哲学」の時代の主要テーマであった「良い習慣」は、中世社会では「神の導き」にその体裁を衣替えしましたが、ひとの考え方や習慣に一貫性をもたせる試みであるには違いはありません。
 西欧の中世末期に「大学」は誕生しました。古代ギリシャで発展した自然科学や哲学を積極的に取り入れたがために当時の先進文明として繁栄していたイスラム世界と、未だ未開のおもむきの西欧世界が対立した十字軍遠征を契機に、アリストテレスを中核にした膨大なギリシャ学問の文献がヨーロッパに逆輸入されました。アラビア語でしか残されていなかったそれら文献をヨーロッパ言語に翻訳し、広めるために、各地から学徒がイタリアを中心とした地中海都市に集まりました。これが、「大学」の起こりです。ルネサンスの時代が始まります。
 「ルネサンス」は「サイエンス」に発展し「産業革命」がおこり今に至りますところ、時代は変われど、「大学」が、アリストテレスの時代から続く、「本質を追求し、善い習慣を身につける環境」との理想は無くなっていないと思います。「リベラルアーツ」と呼びます。
 理想と現実には常にギャップがあり、アリストテレス本人も師プラトンの理想主義を批判するものでありますところ、大学生になられた皆さんが偉大な先達の精神を日々実感するものではないと思いますが、根底にあるものは知るべきでしょう。
 甲南大学にしても、明治維新、文明開化に伴い日本に輸入されたこれら思想が型作った当時のモダニズムの空気を具現するために、平生釟三郎先生が創立されたと思います。「世界に通用する紳士、淑女」はそういう人たちでしょう。
 「習慣に縛られる」と同時に、どういう習慣を「選択」するかは日頃の心がけに左右されます。
 なにが良い習慣で、どう身につけるか。
 簡単にできる話しでないとはいえ、考えてみることだけは、どんなひとにも平等にできるといえます。
 私は、ニューヨークのコロンビア大学を卒業していますところ、若い頃に本場の「リベラルアーツ」を体験しました。カリキュラムの根幹に、上に紹介したような「古典書を読破する必修の課程」が置かれていることを最後にお知らせいたします。

甲南大学図書館報「藤棚」(Vol.34 2017) より