山田悠介著『Aコース』

  知能情報学部 4年生 匿名希望さんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)


書名:Aコース
著者:山田悠介
出版社:幻冬舎

出版年:2004年

近年は様々な技術が発達し、VR技術が身近なものになった。自宅でゴーグルをはめたら誰でもVRの世界を体験することができる。Aコースはそんな時代の到来を予期していたかのような本である。
舞台となるのはバーチャワールドというゲームセンターのアトラクション。このバーチャワールドは自分たちが選んだ設定の場所に行き、現実世界と同じように動き回ることができる。着ている衣服の感覚や呼吸の感覚、さらには痛みまで再現してしまう、という代物である。高校三年生の藤田賢治は仲間たち4人と一緒にこのバーチャワールドで遊ぶことになる。選んだ設定はAコース。燃え盛る病院からの脱出を目的に、行く手を阻む侍骸骨を躱しながら仲間たちと協力して進んでいく。
一見よくあるSF小説の設定であるが、ゲームの攻略が進むにつれてこの物語は徐々に恐ろしさを帯びていく。ゲームは人を変える。現実世界では身を潜めていた内面が仮想世界で顕わになる。このゲームで一番恐ろしいのは、病院を取り巻く炎でもなく、いかなる攻撃も通用しない侍骸骨でもなく、人間であった。そして暴かれていくAコースの真実。
この物語を読み終わったころには、所詮創作話である、と一蹴するかもしれない。少なくともこの本が出版された年であれば何一つ不自然ではないのだが、現代の技術を目の当たりにしている私たちにとって、これは無関係な創作話ではなくなってきている。SNSを通じて名前も顔も知らない人たちとつながる時代である。多くの人が現実世界の自分とは異なる自分を抱えている。現実世界で纏っている殻を脱ぎ捨てて、内なる自分がSNSで活動し、つながりを広げている。その媒体がVRの世界に代わる日が来るかもしれない。少なくとも否定はできないはずである。そのような時代が来た時に、私たちはどう対応していくのか。どんな自分が現れ、どんな人間と関わっていくのか、そういうことを考えさせられる。この本は、そんなVRの世界を身近に感じる今だからこそ手に取ってほしい一冊である。