[藤棚ONLINE] 経済学部・平井先生推薦本 『日本軍と日本兵―米軍報告書は語る―』

図書館報『藤棚ONLINE』
平井 健介 先生(経済学部) 推薦

 本を読んでみたいけど、どのようなジャンルの本を読もうか迷う時ってありますよね。そんな時、私は「イベント」にあやかることにしています。たとえば、旅行で札幌に行く予定があれば札幌を舞台とする本を読み、「もうすぐ敬老の日か」と思ったら「老」を題材とする本を手に取ってみるということです。普段は手にしない本を半ば強制的に読むことになるので、新鮮な気持ちになります。この「あやかる読書」の一環として、ここ数年はお盆に帰省する際に戦争物を読んでいます。8月=終戦=戦争ということですね。
 そこで、先月読んだ一ノ瀬俊也『日本軍と日本兵―米軍報告書は語る―』(講談社、2014年)を紹介します。本書は、太平洋戦争を舞台に「日本陸軍とはいかなる軍隊だったのだろうか」を考えるものです。問いだけ見れば平凡ですが、本書のユニークな点は、問いに答えるための方法にあります。筆者は「もはや日本人という身内限りの自己評価だけでは限界がある」として、アメリカ軍が戦闘地域の兵士に配布した雑誌Intelligence Bulletinの記事を用いて、日本軍と交戦した、あるいは日本軍の捕虜となったアメリカ軍兵士の証言から、日本軍の実像に迫ろうとするのです。
 本書は全4章で構成されています。第1章と第2章では日本兵の特徴について書かれた記事が取り上げられ、日本兵が単なる盲目的な天皇崇拝者ではなかったことが明らかにされます。一例を挙げれば、日本兵は捕虜として丁重に扱われると「お返し」の気持ちから機密情報をべらべら喋った、戦前に欧米文化に親しんだ日本兵は捕虜になると米兵と交流しようとした、などです。
 第3章と第4章では日本軍の戦法について書かれた記事が取り上げられ、日本軍の戦法を非合理で片付けられないことが示されます。一例を挙げると、玉砕戦法は、勝利あるのみ(=降伏しない)という制約下で、①勝利のためには戦車を撃破する必要がある、②しかし、そのための兵器が実用化されていない、という2つの現状を踏まえれば、単純に「非合理的だ」と一蹴できないのです。
 本書から感じられるのは、日本軍は決して我々にとっての他者ではない、我々だって彼らになれる素質を十分備えているということだと思います。これまで、戦争に至る経緯や戦法は、軍部の精神論に基づいた非合理的な思考の結果として「他者化」される傾向にありましたが、どうやらそうではないということです。本書も含めて、近年の議論では、「ある前提の下では合理的な思考であった」、あるいは「合理的な思考の積み重ねで非合理的な決定が下された」ことが指摘されるようになってきているようです(手嶋泰伸『海軍将校たちの太平洋戦争』(吉川弘文館、2014年)、牧野信昭『経済学者たちの日米開戦』(新潮社、2018年)など)。 本書には、ここで紹介した事例以外にも読んだら知り合いに言わずにはいられない日本兵の「悲喜劇」が満載されています。戦争の悲惨話・感動話はお腹いっぱいという人には、8月にお勧めの一冊です(次は1年後ですが・・・)。