西條 隆雄 他執筆『Dickens in Japan : Bicentenary Essays』

 ディケンズ生誕200年を記念してディケンズ・フェロウシップ日本支部が出版した、英文記念論集。原、新野、松岡、佐々木氏を編集委員として、20篇の投稿論文の中から厳選をへて作品論8篇と小説以外の活動又は彼の文学の特徴に関する6篇が掲載されている。いずれも最新の研究成果を取り入れて論じた好論文で、本書は「日本の研究レベルの高さを全世界に知らせるとともに、ディケンズおよびヴィクトリア朝研究における世界的な里程標になろう」と編集委員代表の原氏は自負する。
 作品論では、松本氏がネル(『骨董店』)に差迫る「死」があちこちで暗示されながらも中々訪れてこないのは、単なるサスペンスのためではなく、作家が理想的な死の環境を整えているからだとユングを援用して解き明かしているのは面白い。『キャロル』の夢の時間を指摘した廣野氏、そのオペラやミュージカルの出現(とくに1950年以降に集中していること)の理由を考察したチャンドラー氏の論考も興味深い。また、佐々木氏の「『ドンビー父子』の繋ぎのことば」は、従来の、作品がまとまりに欠けるという評価に対し、いかに緊密に構想されているかを論じたもの。「父と子」の「と」という繋辞(=接続詞)ひとつを取ってもそこに作品の中心テーマが如実に語られているとの指摘は鋭く、英語表現力も英米人のそれに伍してすばらしい。
 作品論以外では、ディケンズと風俗画(日常生活に題材を求めた絵画)の関係を論じ、17世紀オランダの風俗画家オスターデと19世紀スコットランドの風俗画家ウイルキーが作家に与えた影響を扱う木島氏の論考は新鮮である。また、松岡氏によるディケンズの登場人物になべて見られる「心理的牢獄」、そして渡部氏の「夢うつつの状態」と創作の関係もまたディケンズ理解には必須であろう。西條氏の「ディケンズと素人演劇活動」は、作家として以外に、俳優・舞台監督・演出家としてプロも顔負けの存在であったディケンズの慈善興業の正確な記録と使われた演劇脚本を辿ったもので、世界でも数少ない研究である。脚本は容易に手にはいらないので、全24篇の脚本とそれぞれの興行プログラムを一冊にまとめた書物の出版が待ち望まれている。
■『Dickens in Japan : Bicentenary Essays』Osaka Kyoiku Tosho, 2013年
■ 西條 隆雄 (元文学部教授)執筆、原英一ほか編