
知能情報学部 4年生 Tさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)
書名 : 陰陽師
著者 : 夢枕獏
出版社:文芸春秋
出版年:1991年
本作は、平安という時代を舞台にしながら、歴史書とも怪異譚とも一線を画す独特の空気をまとう物語である。冒頭で語られる安倍晴明の姿は、英雄的な人物像でも、明確な善悪を担う存在でもない。本書内で風に漂う雲に喩えられるように、その輪郭は常に曖昧で、掴もうとした瞬間に形を変えてしまう。読者は晴明を理解したと思った次の頁で、その認識を裏切られることになる。
陰陽師という存在は、書の中では占いや呪術を行う者として一旦説明されるが、本作では単なる異能者ではなく、「見えないもの」を読み解く知性の象徴として描かれる。星の巡り、人の心、方位や気配といった要素が重なり合い、怪異は単なる妖の仕業ではなく、人の情や執着と深く結びついて立ち現れる。そのため物語は恐怖一辺倒にならず、むしろ静かな哀しみや余韻を残す。
対照的に、源博雅朝臣の存在は読者の視点に近く、理屈よりも情を重んじる人間らしさを体現している。晴明の捉えどころのなさは、博雅との対話によって際立ち、二人の関係性そのものが物語の核となる。怪異との対峙は派手な戦いではなく、理解し、受け入れ、あるいは見送り、やむを得ない場合のみ払う行為として描かれる点が印象的だ。
本作の魅力は、平安時代という「闇が闇として存在していた」世界観の再構築にある。妖が信じられていた時代の感覚を、現代の言葉で静かに呼び起こし、人と人ならざるものの境界の曖昧さを描き出す。読み終えた後、晴明という人物像は依然として霧の中にあるが、その不確かさこそが、この物語を忘れがたいものにしている。
ゆえに本作は、怪異や式神を描く物語であると同時に、捉えきれない人の心そのものを映し出す、静かで深い余韻を残すものであった。
