月別アーカイブ: 2019年2月

山田悠介著『Aコース』

  知能情報学部 4年生 匿名希望さんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)


書名:Aコース
著者:山田悠介
出版社:幻冬舎

出版年:2004年

近年は様々な技術が発達し、VR技術が身近なものになった。自宅でゴーグルをはめたら誰でもVRの世界を体験することができる。Aコースはそんな時代の到来を予期していたかのような本である。
舞台となるのはバーチャワールドというゲームセンターのアトラクション。このバーチャワールドは自分たちが選んだ設定の場所に行き、現実世界と同じように動き回ることができる。着ている衣服の感覚や呼吸の感覚、さらには痛みまで再現してしまう、という代物である。高校三年生の藤田賢治は仲間たち4人と一緒にこのバーチャワールドで遊ぶことになる。選んだ設定はAコース。燃え盛る病院からの脱出を目的に、行く手を阻む侍骸骨を躱しながら仲間たちと協力して進んでいく。
一見よくあるSF小説の設定であるが、ゲームの攻略が進むにつれてこの物語は徐々に恐ろしさを帯びていく。ゲームは人を変える。現実世界では身を潜めていた内面が仮想世界で顕わになる。このゲームで一番恐ろしいのは、病院を取り巻く炎でもなく、いかなる攻撃も通用しない侍骸骨でもなく、人間であった。そして暴かれていくAコースの真実。
この物語を読み終わったころには、所詮創作話である、と一蹴するかもしれない。少なくともこの本が出版された年であれば何一つ不自然ではないのだが、現代の技術を目の当たりにしている私たちにとって、これは無関係な創作話ではなくなってきている。SNSを通じて名前も顔も知らない人たちとつながる時代である。多くの人が現実世界の自分とは異なる自分を抱えている。現実世界で纏っている殻を脱ぎ捨てて、内なる自分がSNSで活動し、つながりを広げている。その媒体がVRの世界に代わる日が来るかもしれない。少なくとも否定はできないはずである。そのような時代が来た時に、私たちはどう対応していくのか。どんな自分が現れ、どんな人間と関わっていくのか、そういうことを考えさせられる。この本は、そんなVRの世界を身近に感じる今だからこそ手に取ってほしい一冊である。

今村夏子著『星の子』

  知能情報学部 4年生 三村亮介さんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)


書名:星の子
著者:今村夏子
出版社:朝日新聞出版
出版年:2017年

まずこの本の著作者の今村夏子氏は、デビュー作の『こちらあみ子』、2作目『あひる』共に子供の視点から見たゆがんだ家族の物語であった。今回の『星の子』も子供の視点か ら見た家族と宗教の物語である。
この物語の語り手は中学3年生の「わたし」こと林ちひろ。彼女が産まれてすぐの頃は体が弱く、産まれてから3ヵ月ずっと保育器に入っており、退院した後も熱を出し、母乳は飲まず、飲んでも吐き、中耳炎や湿疹等の症状に悩まされていた。そんなある日、ちひろの父が会社の同僚である落合さんから譲ってもらった「星のめぐみ」と呼ばれる水をきっかけにちひろの体調がよくなっていくが同時に両親が怪しげな宗教に入会することになる。
中学3年になり、ちひろは宗教の集会やイベントに行っている。高校生の姉が両親の目を覚まさせるべくあの手この手で策を試したが良い成果が得られず結局家を出て行ってしまう。親戚もちひろの身を案じ引き離そうとする。学校での立場は小学生の頃はあまり友達が出来なかったのだが、なべちゃんが転校してきてから話し相手になるようになり、何度か話さない時期があったが今では他の友達もできている。
そんなある日、なべちゃんから「あんたも?」、「信じてるの?」と聞かれるが、「わからない」とちひろは答える。このやり取りから、ちひろには怪しい集団である宗教集団もまともな集団である親戚の人たちや学校の友人達も否定できないということなのではないだろうか。
この物語は読者側から見ると、林家の悲惨な転落劇のように思えるが、語り手であるちひろは淡々と家族の内情を語っている。怪しい宗教集団を否定できないのも両親の愛情を実感しながら生きてきたからだろう。中学3年生になったちひろに変化を予兆する様も見受けられ、作者はその描写を繊細に描いている。
この物語の最後はちひろの人生の分岐点となっており、この物語で描かれたちひろの成長は自分と決別する勇気を持てたのではないだろうか。少なくとも私は、ちひろが両親と決別の道を選ぶ描写だと思っている。