田中貴子先生(文学部)「汝、心の旅をせよ」

☆新入生向けの図書案内

著者: 沢木耕太郎
タイトル: 深夜特急 第1便~第3便
出版者: 新潮社
出版年: 1986
配置場所: 図書館2階中山文庫一般
請求記号: 915/SA/1~3
著者: 中村安希
タイトル: インパラの朝 : ユーラシア・アフリカ大陸684日
出版者: 集英社
出版年: 2009
配置場所: 図書館1階開架一般
請求記号: 292.09//2016

「若者は学校でよりはるかに多く酒と旅で学ぶ」とモンテーニュが言ったそうである。これは女子学生のいなかった昔の話であり、今は「若者は学校でよりはるかに多くバイトで学ぶ」というべきかも知れない。大学生に酒を勧めるのは御法度になったし、学生には旅をする時間もお金もないだろう。それが悪いことだとは言わないし、「私の若い頃は」などといった回顧譚もしない。ただ、家と大学とバイトだけだと心がだんだん疲れてくるのはたしかである。体の疲れと違って、心の疲れは若者から「若さ」を奪ってゆく。
だから、旅をしよう。実際に行かなくてもいいのだ。たとえば本に書かれた旅を読書によって追体験するのなら、お金はほとんどかからない。もちろん、一人旅である。一人ぽっちの旅は、自分で自分の身を守り、金勘定をし、いやおうなく人と交流しなければならない。そんな、誰も助けてはくれない旅を昨今の親御さんはなかなか許さないだろうから、それを本で体験してみることをおすすめする。今まで見ていたはずの世界がぐるりと反転して、まったく違ったものが見えてくるはずである。
私が今まで学生たちにすすめた本の一つに、沢木耕太郎の『深夜特急』全6巻(新潮文庫)がある。ノンフィクションライターの沢木氏が、若い頃、日本からロンドンまで普通電車とバスだけで旅したエッセーである。アジアの真ん中を駆け抜けた彼の貧乏旅行は、「自分の目で世界を見る」ための旅だった。もう一つ、開高健ノンフィクション賞を受賞した、中村安希の『インパラの朝』(集英社)もすごい。女性一人でユーラシア・アフリカ大陸を二年半にわたって放浪した記録である。旅の中で若者が挫折し、成長してゆくありさまがリアルにとられられている。読んだら止められなくなることうけあいだ。
心のビタミンになってくれる本と出会うこと。それが一番大切なことである。
甲南大学図書館報 藤棚(Vol.28 2011) より