ウィリアム・ギブスン著, 黒丸尚訳『ニューロマンサー』

法学部1年 和田颯太朗さん(「基礎演習(濱谷)」リサーチペーパーより)

 まず、作者のウィリアムギブスンは1948年にアメリカに生まれたSF作家である。幼少期に引っ越しを繰り返したことによりSF小説をよく読む内気な性格へと成長し、1984年にビブリオバトルで紹介したニューロマンサ―で小説家デビューする。作中でも日本が舞台となっているように日本への関心も深い。脳とコンピューターの融合や、サイバースペースという概念は彼が生み出したと言われている。彼の描くSFはサイバーパンクというジャンルに属するが、このサイバーパンクというジャンルも彼が生み出したジャンルである。
 第二に、ニューロマンサーが与えた影響については、後のサイバーパンクと名のつく作品すべてに影響を与えていると言ってもいい。「攻殻機動隊」や「マトリックス」などは特に影響を受けている。ニューロマンサーが与えた影響は作品だけではなく、現在開発されているVRなどのデザインのモデルになるなどテクノロジー自体への影響も大きい。影響とは言えないが、作中で登場しているものが既に実現しているものはいくつかある。高度な知能を持つAIや、体を一部機械にかえる義体化技術などニューロマンサーが出版された1984年には誰も想像していなかったようなことが次々と実現している。
 第三に、あらすじ及び世界観についてである。サイバネティックス技術が進歩した世界でと電脳ネットワークが地球を覆い尽くしており、宇宙でも月などのコロニーで生活している人間もいる。財閥とヤクザとよばれる多国籍企業が経済を管理している社会で、戦争も頻発していおり、社会は荒廃している。AIもかなり発達しており、人格を有するAIが存在し、AIが完璧な存在となり人間を超えないように管理するチューリング機関がある。あらすじについては非常に登場人物が多く、長くなってしまうのでかなり省略して説明する。まず、主人公のケイスはハッカーとして仕事をしていたが、とある失敗により、二度と電脳ネットワークに接続できない体にされてしまう。そこに謎のアーミテジという男に強引に仕事を依頼され、サイボーグのモリィと共にアーミテジからの仕事をこなしていく。しかし、実際はアーミテジという男は存在せず、人格を失った男をウインターミュートというAIが操っているだけである。仕事の目的も宇宙に居る高度なAIとウインターミュートが融合するためのもので、ケイスなどを雇っていた理由は先述したチューリング機関に捕まらないようにAIと融合するためであった。最後には融合を果たしたウインターミュートが遠い宇宙から「同族」の信号を受信し、宇宙に旅立つというシーンで終わる。
 ニューロマンサーの最も重要な部分はただテクノロジーが進化した世界を描いている訳ではないということである。世界は電脳ネットワークに覆われているが、この技術を使うことのできない人と使うことのできる人の格差は拡大し、経済は「財閥」「ヤクザ」とよばれる多国籍企業に管理されている。こういった問題は現実となり始めている。アメリカと中国の巨大企業が競争を繰り返し、インターネットを使える人と使えない人との差は拡大する一方である。進化するテクノロジーという点についても、人格を有するAIと人間をどう区別するのか、AIの進化をどこまで許すのかという問題がある。作中でもチューリング機関というAIの進化を管理する機関が存在するが現実でもそういった機関又は規則が設立されるのは時間の問題であると考える。作中ではほとんどの人間が脳とコンピューターを融合させているが、脳をコンピューターに置き換えたとき、意識はどこに有るのか、ロボットに人間の区別はどうつけるのか、生と死の境はどこに有るのかといった課題もある。実際に死後脳を取り出し、完全な脳のコピーをつくり新しい体とつなげ生き返らせるという研究が行われている。生き返った後意識は脳のコピーに宿るとされているが、それが本当に生前の自分であるのかといったことは実際にやってみなくてはわからない。こうした近い将来実現するであろう問題を考えることができるということが、ニューロマンサーを含むサイバーパンク作品の面白いところであると考える。