2-2. 教員オススメ」カテゴリーアーカイブ

梅谷智弘(知能情報学部)「レポートとの付き合い」

 大学生になると、試験のかたちも大きく変わります。高校などの中間試験や期末試験、入学試験などのようなスタイルだけではなく、論述形式が多くなり、レポートによる試験もあります。特に入学当初は何を書いたら……ということもあります。筆者も大学入学直後、試験のスタイルの変化に戸惑いました。レポートは、母語だからこそ、きちんとトレーニングしないと書けるようにはなりません。
 ここで紹介するのは、戸田山和久,『新版 論文の教室 レポートから卒論まで』,NHK 出版,2012 です。心に影響を与える良い本との出会いの勧め、というより、実用のための書ですが、敵(レポート)を知らずに戦いを臨んでもよい結果は得られません。また、大学を卒業し、進学や就職するとなると各段に文章を書く量が増えます。というより、文章で仕事をするようになります。これは、文系理系によらず、ですし、英語(外国語)で仕事をするから、といっても、変わりません。この書籍では、なぜだめなのか、を実例とともに説明しており、昨今問題となっている研究倫理の問題についても踏み込んで紹介しています。大学でのレポートとの付き合いには欠かせないと思います。一方、レポートの書き方の書籍はこの本だけではありません。自分で自分にあった書籍を探し、良い書籍に出会う、つまり、教員が指示する教科書、参考書だけでなく、大学生活では書店や図書館で本を自分で探すことが大切です。
 最後になりますが、レポートを作成するためには、様々な資料を調べ、読み込むことが求められます。図書館は、資料を集め、整理するという書庫としての機能や、他の図書館を連携した複写サービス、検索データベース、など、知的活動のための基盤となります。特に大学図書館は、司書など専門職の役割が大きく、レポート作成や良い本の出会いの道しるべとなっています。図書館に積極的に足を運び、レポートと付き合ってもらえたらと思います。

甲南大学図書館報「藤棚」(Vol.36 2019) より

山口 聖(経営学部)「『嫌われる勇気:自己啓発の 源流「アドラー」の教え』 岸見一郎、古賀史健著 (ダイヤモンド社)」

 アルバイトやクラブ、サークル活動など、大学に入学してから、これまで以上にたくさんの人と関わるようになったことと思います。たくさんの人と関わり、さまざまな価値観を持つ人と交流することで、これまでの価値観を広げることができますし、価値観が類似した他者を見つけ、それを共有することができれば、代え難い喜びを得ることができるでしょう。
 一方、関わりが広がることで、上下関係や価値観が異なる人との関係も生じてきます。そのような中でたくさんの人が経験することになるのが、人と付き合うことのしんどさではないでしょうか。心理学者であるアドラーは、人間の悩みは、すべて対人関係の悩みであると述べています。では、対人関係の悩みの根底にあるものは何なのでしょうか。そしてその悩みから解放されるためにはどうすればよいのでしょうか。本書では、アドラー心理学を専門とするカウンセラーと、対人関係に悩む若者との対話を通じて、これらに対する疑問が明らかにされます。
 アドラーは、海外ではフロイトやユングと並ぶ心理学者として知られています。しかしながら、本書で語られる通り、アドラーがフロイトと異なる点は、人の性格や人生観は、過去の経験によって決定されるわけではないと考えることにあります。したがって、人は今日から変わることができ変われるからこそ対人関係の悩みも克服することができるのだと、本著は主張します。
 しかしながら、このことは同時に、自分が変わることができない理由を、自分以外の要因に責任転嫁することができないことを意味します。本書では、自分の能力が不足していることから目を背け、自分はやればできるという可能性の中に生きるために、仕事の忙しさを理由に小説を書かない小説家志望の友人のエピソードが紹介されます。本書で登場する様々なエピソードは、対人関係が苦手ではない人にとっても、ためになると思います。自分はやればできると思っている人、あるいは自分ができない理由を自分以外の要因に責任転嫁したことがある人は、一読してみてはいかがでしょうか。社会に出る前に、自分自身と向き合う良い機会になると思います。

甲南大学図書館報「藤棚」(Vol.36 2019) より

篠原永明先生(法学部)「オルダス・ハクスリー 『すばらしい新世界』」

 当たり前のように受け入れている社会の仕組みを相対化し疑ってみることは難しいが、一度疑ってみないことにはその長所も短所も分からない。では、どうしたらよいか。歴史を学ぶ、外国の文化を学ぶというのも、既存の社会の仕組みを相対化する一つの方法であるが、小説を読む(=既に社会の仕組みを疑い、別の世界を描いた者の思考に学ぶ)という方法もある。特にディストピア小説は面白い。有名どころから1 つ推薦するとすれば、オルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』であろうか。
 ハクスリーの描いた世界では、子どもは人工授精により工場で生産される。性交と生殖が切離されており、婚姻も家族もない。面倒くさい人間関係を背負い込む必要はなく、カジュアルに他人と付き合っていればよい。家族観の変化、少子化の行き着く一つの選択肢として、あり得そうな未来である。なお、村田沙耶香『消滅世界』も同様のテーマを扱っており、読み比べてみるのも面白い。
 また、ハクスリーの世界では、人間は出生前から遺伝形質等に応じ階級が決定されており、かつ、その階級の役割を担うことこそが幸福であるという徹底した刷込み教育も受けている。自動的に自分の役割が決定され、他者と比較して“よりよい生き方があるかもしれない”と悩むこともなく、“選択した結果、失敗する”というリスクを負うこともない。類似の世界は、伊藤計劃『ハーモニー』や、アニメ『PSYCHO-PASS』でも描かれているので、比較してみるとよい。対して、我々の社会においては、幸か不幸か、これらの世界よりは“自分の生き方について選択する自由”が認められており、その結果、我々は選択の結果を引き受けなければならない状態に置かれてもいる(こうした観点で、こうの史代『この世界の片隅に』を読んでみるのも面白い)。ハクスリーらの世界を覗いてみることは、自分で自分の生き方を選択することの意義、あるいは、“自分の生き方について選択する自由”を社会が一先ず承認していることの意義について考える契機にもなるだろう。

甲南大学図書館報「藤棚」(Vol.36 2019) より

中川真太郎先生(経済学部)「産業革命と人々の生活」

 新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。
 私が皆さんにお薦めしたい本は、角山栄・村岡健治・川北稔著『生活の世界歴史<10>産業革命と民衆』(河出文庫)です。
 大学で経済学を学び始めると、資本や生産といった言葉がよく分からないと感じることが多いようです。資本とは、建物や機械のことですが、現代社会には資本があふれていてピンとこないのですね。
 本書は、イギリスを舞台に産業革命によって人々の暮らしがどのように変わったのかを描いています。
 産業革命以前、人々は人間自身の力や家畜の力、水車・風車の力など自然のエネルギーだけを利用して、農作物を育て、衣類を織り、家を建てていました。この時代、資本と言えば、住宅や倉庫、水車や風車、作業場、それから各種の道具類ぐらいだったでしょう。
 しかし、イギリスでは人口の増加とともに森林が減少し、燃料用の薪や木炭が不足するようになります。そこで、これらに代わって石炭が使われ始めます。最初、石炭は暖房やガラス加工の燃料として使われましたが、その後、石炭を利用して炭鉱の排水をする機械が開発されます。さらに、その仕組みを改良して蒸気機関が生み出されると、蒸気機関車や蒸気船が発明され、紡績機や力織機など繊維工業の動力源としても使われるようになります。さらに、これらの機械の材料となる鉄も、石炭を利用して製造できるようになり、石炭と機械の利用は、イギリスからヨーロッパ、アメリカそして世界中に広がっていきます。
 蒸気機関や蒸気船、紡績機や力織機といった機械は全て資本であり、産業革命は、まさに資本が爆発的に普及していく過程なのです。そして、それは人々の生活を激変させました。
 本書では、産業革命によって、人々の食べ物、飲み物、服装、住居、働き方、娯楽、教育、そして生き方や価値観まで、暮らしのあらゆる面がどのように変化したかが、豊富な図版を使いながら生き生きと描かれています。1975 年初版で、最近の研究成果を反映していないという欠点はありますが、経済学を学ぶ学生には是非読んでいただきたい1冊です。

甲南大学図書館報「藤棚」(Vol.36 2019) より

須佐 元先生(理工学部)「本に親しむ」

 新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。これからの新生活に心踊らせていることと思います。皆さんはこれまでも沢山の本を読んで来られたと思いますが、これからの四年間は、たっぷりと読書の時間が取れる人生の中でとても貴重な時間です。読書にはルールはありません。読書はまずは楽しみであり、同時に知識を得るための一つの方法です。読みたい本をできるだけ沢山読んでください。そこで得た知識は糧となり、また身についた読書習慣は今後の長い人生に、人工的ではない美しい色合いと深みを与えてくれるはずです。みなさんの選書の助けとなるかどうかわかりませんが、私が最近気に入った本を紹介しておきます。

『ホモ・デウス-テクノロジーとサピエンスの未来』
 河出書房新社 ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳

 本書は「サピエンス全史」で有名な歴史学者である著者が、人類の歴史の歩みを振り返りながら、今後の人類・社会の進化・変質をかなり大胆に予測したものです。上下巻あって少し長いのでやや大変ですが、硬い内容のわりには比較的読みやすく、大学生になってチャレンジするには良い本です。読み進めていくと、まず人類にとっての生命・科学・宗教といった大きなテーマの意味が語られ、次にAI などのテクノロジーを手にした、未来の人類のありようが大胆に予測されます。刀で切ったような議論が行われており、その結果、ひやりとするような断定があちこちにあります。良書と考えますが、かなりラディカルな内容でもあるので、本書の内容を無批判に受け入れるのではなく、ここを思考の起点として将来の人類のあり方について各々の考えを深めてもらえればと思います。本書の最後には読者に3 つの問いが残されており、これを考え続けてほしいと著者も述べておられます。ぜひ一度手に取っていただきたいと良書です。

 以上推薦しましたが、とにかくそれぞれがそれぞれの興味の赴くままに本を読んで下さい。

甲南大学図書館報「藤棚」(Vol.36 2019) より

田中雅史先生(文学部)「私が影響を受けた本」

 私が大学時代もっとも影響を受けたのが、その時の英語の担当だった高山宏先生の『アリス狩り』(復刊されています)という本です。英語の授業でも注釈付きの『不思議の国のアリス』を使っていたのですが、高山先生の最初の本である『アリス狩り』はノンセンスについて、19 世紀イギリスの世紀末文化について、メルヴィルについてなど幅広い内容を扱った刺激的な本でした。その後授業で紹介された由良君美先生のゼミにも参加したのですが、由良先生の代表作である『椿説太平浪漫派文学談義』(平凡社ライブラリーで読めます)は日本では一般にあまり馴染みのないイギリスロマン派について、美術や神秘主義哲学などもふんだんに盛り込んで語っています。文学研究というより談義という言葉がふさわしい、読んで楽しい本です。由良先生の本でも紹介されている宗教学者のミルチァ・エリアーデの本は、個別宗教の教義や歴史ではなく宗教的な存在の構造を論じているもので、文学研究にも役立ちます。多くの本が訳されていますが、『聖と俗』(法政大学叢書ウニベルシタス)は人間にとって聖なるものがどのように関わっているのかを書いた本です。入門書というにはやや難しいですが、聖なる時間・聖なる空間についてや現代の脱聖化した社会について考えるきっかけになるでしょう。
 現在では私は文学と心理学(精神分析)の比較をしているのですが、高山先生や由良先生の話にもユングを中心に心理学の話がよく出てきました。ただ、対象関係論や自己心理学などの現代的な理論の話はあまりありませんでした。文学や思想の分野でよく使われるラカンに学び、対象関係論なども取り入れて独自のナルシシズム論を作ったジュリア・クリステヴァの『女の時間』(勁草書房)は、現代に生きる上で参考になる内容が多く含まれていると思います。

甲南大学図書館報「藤棚」(Vol.36 2019) より