金子宏 著 『租税法(二十三版)』弘文堂, 2019.2(垂井 英夫 前大学院社会科学研究科教授による紹介)

 

■『租税法(二十三版)
■  金子宏 [著],    弘文堂 , 2019年2月

■請求記号 345.1//2414
■配架場所 図書館1F 開架一般

この本は、租税法に関する基本的な教科書です。
前大学院社会科学研究科教授の垂井先生に、この本の主なポイントをご紹介いただきました。

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Ⅰ 本書全体の構成について
第1編 「租税法序説」(1頁~152頁)
租税法の基礎理論をドイツ租税法とアメリカ租税法(以下「U・S・A租税法」)とを融合する方法で独創的な「租税法」に関する理論を構築し、わが国の「租税法」を法学的に独立した学問分野として明確に枠組みし構築された(詳細、後述)。実定租税法の解釈について、多くの最高裁判決等、裁判例が引用されている。法律解説も新しい枠組みになっている(後述)。

第2編 租税実体法(153頁~903頁)
本編は、具体的な課題関係の中心である個別租税法(例、所得税法、法人税法等)に関する叙述である。この領域においても独創的な理論(例、課税所得、所得概念の研究等)が展開されている(後述)。

第3編 租税手続法(905頁~1067頁)
本編は、主として納税義務の確定手続きである(例、申告納税の手続き)。
1. 納税手続法の定義
2. 租税確定手続き
3. 申告納税方式
4. 賦課課税方式
5. 質問検査権(税務調査)

第4編 租税争訟法(1069頁~1118頁)
租税争訟は、納税者の権利保護の観点からきわめて重要である。租税争訟は、租税行政庁への不服申立、および訴訟からなる。前者を租税不服申立て、後者を租税訴訟という。
1. 租税争訟の意義
2. 租税不服申立-審査請求
3. 租税訴訟

第5編 租税処罰法(1119貢~1147頁)
租税犯は、国家の租税債権を直接侵害する脱税犯と国家の租税確定権等の正常な行使を阻害する危険に関する租税危害犯に大別される。
1. 各種租税犯の意義と内容
2. 租税犯の処罰

Ⅱ 租税法の基礎原理と租税政策
本書(以下「テキスト」)の第1編、第2編第3章2節までについて簡潔に紹介する(1頁~669頁)
これらの領域に関しテキスト(金子教授)は、わが国の租税法の原理を、ドイツ租税法とU・S・A租税法とを融合し、自らの独創的な思考により、新しい学説を産み出された。

1. 第1編、第2編の内容はシャウプ勧告(昭和24年、同25年)を契機としてわが国の戦後の「租税法」が新たな制度的に枠組みされ構築されたことが述べられている(23頁、27,31,35、57~66、78、107,123,153~156、177~187、191~307、321~337の各頁)。
テキスト(金子教授)は、ドイツ租税法とU・S・A租税法とを独創的に融合され(各所にドイツ租税法の状況が登場する-たとえば27~29,39,124,127,129~193の各頁)、自らの独創的な思考により、戦後わが国の新しい租税法理論の発展を叙述されている。
その租税法理論に財政学・経済学の理論を下地にし、租税法学及び租税政策に叙述が及んでゆくことに注目すべきである。
その観点から、このテキストは法学部、経済学部、経営学部の皆さん(学生諸君、教職の皆さん)にとって大いに有用であると思うのは私だけではないだろう。
特に、戦後のわが国の「租税」、「租税法」、「租税政策」の分野では、シャウプ勧告が契機になっている。
金子教授は、ドイツ、および複数回アメリカで在外研究されている関係もあり、U・S・A租税法、租税政策に関し造詣が深い。

2. 「租税法」の学問分野の独立(28,29頁)
1919年ドイツ租税通則法に関してドイツの学界では、「租税法律関係」について議論があった。テキスト(金子教授)は、その歴史的考察から権力関係説ではなく「債務関係説」の立場をとられた。この学説から演繹しテキストは、課税関係を納税者が国家に対し納税義務という金銭債務を負う要件、すなわち課税要件(納税義務者、課税物件、課税物件の帰属、課税標準、税率が同時に充足されること)を租税法の研究対象の中心としてとらえている。
この理論構成(債務関係説)によって、戦前から続いていた「租税法」を行政法の各論の一部とする考え方から、分離し独立の新たな学問分野(課税要件は他のいずれの分野においても研究の対象とられていない)として構成することができると明言する。
債務関係説は、租税債務(「公法上の債務」)について着目し「課税要件の概念を用いて理論的究明と体系化を行おうとするものであって租税法に全く新しい位置づけと体系とを与えることを可能にした。」(テキスト29頁10行目-最も重要な業績の一つである)。

3. 所得概念・包括所得概念(193頁~200頁)
所得税、法人税の課税物件(課税対象)は「所得」である。
テキスト(金子教授)は、取得型(発生型)所得概念を支持し、制限的所得概念ではなく各人が収入等の形で新たに取得する経済価値=経済的利得を「所得」と観念する考え「所得概念」・「包括的所得概念」を導かれている。
これは、財政学・経済学の研究を下地にし課税物件(課税対象)である「所得の概念」を枠組みされている(後にこの考え方は学界において、一般的に「法と経済学」といわれている。-最も注目すべき業績の一つ)。
テキストは、課税対象となる「所得」を制限的所得概念ではなく包括的所得概念(人の担税力を増加させる経済的所得はすべて所得を構成するという考え方-U・S・A租税法の考え方)を採用している。

4. 租税法と私法(39頁、126頁~129頁)
租税法は、種々の経済取引・経済現象を課税対象としている。これらの活動・現象は、第一次的には私法(民法、会社法など)により規律されている。租税法律主義の目的である法的安定性を確保するためには、課税は原則として私法上の法律関係に即して行われるべきである。(129頁)。
この意味で「租税法」の規定は、私的取引法を前提として、これに基礎をおいている場合が多い。したがって、租税法の研究にあたっては私法取引の理解が必要不可欠である(39貢)。
なお、所得税法、法人税法の分野の叙述の中で私(垂井)の著書、論稿が数箇所採用(注記等)されている。
以上、いずれにしても、わが国の「租税法」にかかわる学説・議論がこの教科書に埋蔵されているといっても過言ではないと思う。

2019(令和元)年7月末日
前大学院社会科学研究科教授
垂井 英夫