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[藤棚ONLINE]マネジメント創造学部・中村聡一先生 コラム「リンカーン」

図書館報『藤棚ONLINE』
マネジメント創造学部・中村聡一先生 コラム 「リンカーン」

学生の皆さん。
西宮キャンパスの中村聡一と申します。
平穏な時代が長きにわたり続きましたが、国際社会は今戦争のリスクにさらされています。
羅針盤になる価値観は永遠に不滅です。それは、”正義”です。
アメリカの分裂危機を救ったリンカーンを紹介します。

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エイブラハム・リンカーン

リンカーン「分かたる家は立つこと能わず演説」「リンカーン・ダグラス論争」「クー パー・インスティティテュト演説」「ゲティスバーグ演説」

The first reading of the Emancipation Proclamation before the cabinet
“The first reading of the Emancipation Proclamation before the cabinet / painted by F.B. Carpenter ; engraved by A.H. Ritchie.”
(内閣における奴隷解放宣言の最初の朗読)
Abraham Lincoln Papers at the Library of Congress(米国議会図書館)より

合衆国の大統領として奴隷解放にあたったリンカーンは、敬虔なキリスト教信者である。
恵まれない移民の境遇から独学で身を興した。
真実の人として知られる。

”I am nothing but truth.”

彼自身の言明である。
建国からほぼ1世紀を経たが、19世後半に至っても自由の国アメリカは厄介な問題には蓋をしてきた。

奴隷制だ。

南部の経済は奴隷制をもっての大規模農園が主体であった。理念以上に実利が優先された。
自由憲法も、この問題には狡猾な解釈がなされる。

「奴隷は所用者の財産であって、憲法の適用範囲外である。」

南部で行われていることは南部の問題であり、合衆国政府としては関与したくない。
いわゆる無関心政策だ。

しかしパッチワークには必ずほころびが生じる。
南部の奴隷州から黒人奴隷が脱走してきたとする。
北部の自由州では奴隷制は認められていない。だから、もはや奴隷ではない。
しかし南部の奴隷の所用者は州政府を通じて、その奴隷の引き渡しを要求する。
放置すれば奴隷の大量脱走が生じる。南部諸州の没落につながる。

法の理念に照らして、引き渡すべきか、否か。
連邦政府としても無関心で通せなくなる。大いなる議論を招く。
南部諸州は、引き渡しは正当な財産の保全であると当然に主張する。

対して、それを認めれば、自由州を含めて、合衆国すべてが奴隷制を追認することになる。
煮え切らない対応に、南部諸州は、合衆国からの脱退も辞さない。大量脱走を食い止めるには自由州とのあいだに国境を作り出すしかない。
連邦政府が阻止するなら戦争も辞さない。
どちらつかずの対応に限界がきた。

「分かれたる家は立つこと能わず」

正と不正のあいだの中間的な立場を模索するというような計略は破綻した。そんなことは「生きてもいない、死んでもいない人間」を探すのと同じだ。
誰もが思うが誰も決して公には発言しない。

リンカーンが言明した。
「黒人を人間と思わず、野の禽獣と扱うとき、こうして呼び起こされた悪霊は、やがて逆に汝自身を裂き破るのではないか。アメリカの自由と独立との城壁をなすのはなにか。軍艦や軍隊ではない。われらの胸底に神が給うた自由を愛する心である。」

すべての人に天与の自由を愛する心。そして互いのそれを尊ぶ精神。
他人の権利を平気で蹂躙する。それは、すなわち、自分たちの独立の精神(本性)をも失することだ。

「正義は力であるとの信念を持ち、この信念にたってわれらの義務とするところを敢然と最後まで果たそうではないか。」

大統領に選出される。
南北戦争の決戦の場となったゲティスバーグにての戦没者追悼の式典。

「87年前、われらの父祖たちは、自由の精神にはぐくまれ、すべての人は平等につくられているとの信条に捧げられた、新しい国家を、この大陸に打ち建てた。」
「この国家が、この精神が、永続できるか否かの試練を受けている。」
「人民の人民による人民のための政治を地上から決して絶滅させないために、我々がここで固く決意することである。」

真実を語る政治家として世界史に永遠に輝く事業をなした。
しかし、大統領2期目の就任直後、凶弾によって死を迎える。

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リンカーンの演説は私の新刊書に収録されています。年明け1月に発売になります。Amazonで予約注文もできます。

『「正議論」講義~世界名著から考える西洋哲学の根源』
https://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4492212531/toyokeizcojp-22/


[藤棚ONLINE]知能情報学部・田中雅博先生 コラム「私の本棚」

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知能情報学部・田中雅博先生 コラム 「私の本棚」

 23年前に甲南大学に赴任したしばらく後から、通勤の便利さのためにマンションに住むようになってから、自宅であまり本を増やすことができなくなりました。マンションを買うときに、私の使う部屋の壁一面に本棚を作りつけてもらいましたが、それも大したキャパシティではなく、さらに、あろうことか、妻は断捨離の番組を見るのが趣味で、ことある毎に私に「本を断捨離しろ」と言ってうるさいのも災いしています。

 文系には、自宅で主に仕事をしている先生もおられると思いますので、はっきりさせておくと、ここで言っている「本」とは、通勤の電車の中などで読む、隙間時間用の娯楽のためのものです。研究室にはもちろん大量の本が入る棚がありますが、そこには研究関係の専門書やファイル、コンピュータ関連の消耗図書がひしめいていますので、私の私物が入る余地はほとんどありません。かくして私は自宅に、幅80cmの棚が二十段ほどある作り付けの本棚に入るだけの本しか溜めることができないのです。ちなみに、私は夏休みであっても大学に来て仕事をしていますので、基本的に家には仕事関係の本はほとんど置きません。

保久良神社
保久良神社(神戸市東灘区本山町―撮影:田中先生)

 本が好きな人はたくさんいて(私も大の本のファン!)、中には立花隆のように、本は自分の脳の一部のようなものであって、建物全部書架で、どこにどんな本があるか覚えていて、必要とあればすぐに本を調べるというタイプの人がありますが、私は断捨離好きの妻による洗脳のせいか、数年開くことがない本は結局読まない本だからいらないという考えを一応理解しています。目が衰えてきた今、本を精力的に読むことができる残り時間はそんなに長くないということも感じています。学生時代から持ち続けていた、色の変わり果てた何冊かの教科書は、ここ数年でほぼすべて捨てました。

 私は、本を買うのが好きで、毎週のように近所の大型書店に行っては、本を購入します。最近コロナ渦で少しペースが落ちましたが、やはり書店に行っています。そこで、私は、まずは新書か文庫本を狙います。これは安いということ以外に、棚を低く設定できていいということと、厚みも薄いという利点もあるからです。そして、もう読むことはないと思う本から処分します。買い足す量と処分する量が均衡していますから、一定の本棚ですんでいるわけです。

 購入に際しては、大きくは、著者の名前を見つけたら買う本と、中をめくってみて買う本があります。前者の例としては、林望、藤原正彦、立花隆、内田樹、中島義道、養老孟司、向田邦子、夏目漱石、内田百閒、池波正太郎、福岡伸一、伊藤亜紗、森博嗣、飯間浩明などがあり、自分が熱狂しているときは、新刊が出ればすぐに買いました。

 処分するほうは、ハウツーものから断捨離の対象となりました。サンデル教授のものも、私は早く飽きてしまいましたので、一度読んだら処分の対象となりました。数多く出ている「スタンフォードもの」もそうです。買ってはみたけども、全然価値が見いだせなかった本も、あっという間に本棚から消える運命にあります(あえて著者の名前は出しませんが)。

 いま本棚に残っている本は、文章の書き方に関する本(これはハウツーものとは思っていません)、哲学的なもの(再度読みたくなります)、人工知能(これは、土日に持ち帰り仕事をするためにやむなく)、そして、最も多いのはまだ読むことがあると思うばらばらの本です。すでに見切り処分した本は買ったのが無駄だったということではなく、頭に入りやすいので一度読んだらもういらないという判断をしたものです。こういう本こそ、借りて読むべきだったのでしょう。そして、まだ読んでいないが、これからいつか読むつもりという本はほとんど単行本です。私のルールでは廃棄対象なのですが、立派な装丁と高い価格が幸い(か災いか)して、捨てきれません。こうやって、いま本棚に乗っている本は、フィルタをかけて残った、自分にとって価値のある本と、良いか悪いか判断できていない本ということになります。

田中先生の本棚
田中先生の本棚。

 ちなみに、実家に帰ったら、中学、高校時代に買った、明治、大正頃の文芸作家やロシアの文豪などの文庫本がたくさんありましたが、残念ながら、紙が色あせて到底読める状態ではなかったので、全部捨てました。

 ブログ読者の皆さんには何の役にも立たない記事になってしまったかもしれませんが、役にも立たない本を読むということも、脳内ホルモンの分泌をよくすることに貢献するかもしれません(何の根拠もありませんが)。ぜひお試しを。


[藤棚ONLINE]経営学部・若林公美先生 推薦『稲盛和夫の実学』

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経営学部・若林公美先生 推薦
『稲盛和夫の実学―経営と会計』

 2022年8月24日、京セラの創業者である稲盛和夫が逝去された。日本経済新聞をはじめ、各種のメディアで大きく取り上げられ、「カリスマ経営者」として松下電器(現パナソニック)を創業した松下幸之助氏と並び称されたことからも、稲盛氏の企業経営に与えた影響の大きさをうかがい知ることができるだろう。

 稲盛氏といえば、京セラの「アメーバ経営」やそれによる日本航空(JAL)の再建を想起する。京セラは急成長のなか、肥大化していく組織を事業展開にあわせて小さな組織に分割し、各組織があたかも1つの中小企業のように自らの意思と責任で事業展開ができるようにした。これを「アメーバ経営」という。「アメーバ経営」と併せて、従業員の行動を規律づける「フィロソフィ教育」が、あたかも車の両輪の機能を果たし、京セラを売上1兆円を超える高収益企業に導いたといわれる。

 実は,稲盛氏の数ある著書の1つに,私の専門分野である会計にまつわるものがある。その著書、「稲盛和夫の実学―経営と会計」(日本経済新聞社)に、「経営者たるもの会計がわからんで経営ができるか!」という言葉がある。かくいう稲盛氏自身も創業当初、会計については全くの門外漢であったという。その稲盛氏がいかに会計に精通し経営者として成功を遂げたのか、その一端を知ることができる名著である。将来のビジネスパーソンを目指す人もそうでない人も、「人としてどうあるべきか」ということを考えつつ、ぜひ一読してほしい。


[藤棚ONLINE]法学部・濱谷和生先生 推薦『THINK AGAIN』

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法学部・濱谷和生 先生 推薦
『THINK AGAIN : 発想を変える、思い込みを手放す』

 この6月あたり、私は大学でのある仕事やある授業クラスの運営について、どうすればもっと有意義に、かつ、建設的に行っていけるかについて相当深く悩んでいた。本書は、そんなとき、本屋の新刊コーナーでふと手にして、深い感銘を受けた一般書である。

 日常生活、仕事や勉強においてタスクや物事に関わる困難に直面するとき、私たちはよく「自分を変えなきゃ」とか、「自分を進化させよう!」等のフレーズを聴く。でも、実際にどうすれば自分の思考や行動を自覚的に変革できて、また、自分の属性を意識敵に進化させることができるかは、さほど上手に実践できるわけでない。この本は、そんな悩みに方法上の具体的なヒントを与え、思考や行動の変革に向けた動機付けをもたらしてくれる。

 本書に依れば、自分を進化させるための要諦は、あたかも不動・不変であるかのように自ら刷り込んでしまっている従来の思考や行動の様式を疑って「発想を変え」、自分と自分に関わる物事やタスクを縛っている「思い込みを手放す」ことにある。だが、個人的に思うに、それが未来志向であったとしても、誰しもいまの自分のありかを自ら崩す、あるいは外部から強制的に崩されるのは尚更に、直感的にとても怖い。認知的に暗闇のなか徒手空拳で前に歩くことは恐怖以外の何物でもなく、これは言うは易く行うに難いのだ。

  しかし、組織心理学・経営学の著名な研究者であるこの本の著者は、様々な市井の人々の苦闘・奮闘に係る幾多のエピソードを引いて、その方法論を具体的・実践的に指南してくれる。例えば、自分の思考モードを再考するには、「思考の盲点」に気づき、また、自分の「間違いの発見に喜び」を感じるようにと言う。あるいは、他者との対話においては、「敵」ではなく「ダンスの相手」と思って、「穏やかな傾聴」に他者の心を開くチャンスがあると述べる。また、学び、再考し続ける社会・組織を構築していくには、「批判的に考察」し「建設的に論じる」こと、「過ちから学べる組織」を作り上げることが重要であると促す。

 本書を読んだからと言って、冒頭に述べた私の悩みが直ちに雲散霧消して、私の思考や行動が一気に変革され、私に人格的進化が顕著にもたらされたはずは、もちろんない(いまも悩み続けている)。ただし、この本の読後、私は、自分の思考や行動の基点、その過程および結果や成果を少しは客観視することに努め、他者からの批判や見解にいっそう耳を傾け、過ちの発生自体をおそれるのではなく、それを見て見ぬ振りをしてまたはそれに気づかず放置してしまうことの方により注意を払うようには、なってきたかも知れない。

 思い返すに、2016年末の米国トランプ前大統領当選以降、Brexit、核兵器禁止条約の成立と発効、新型コロナウィルスの感染拡大、ウクライナへのロシア軍侵略、そしてマネーの世界的な過剰供給からインフレ経済への急激な移行等々、「これまでかくかくであったから、これからもしかじかであろう」というたいていの経験則は最早成り立ちにくくなってしまった。私たちは見通しが極めて不透明・不確実で、混迷が深まる一方の世界に置かれていると、馬齢を重ねるまま61歳に至ってしまった私はしみじみ実感している。

 さような時代状況の只中で、本書を読んで、私は、自ら描いてきた過去の軌跡の延長上に未来の自分を据える必然は何もなくて、本当におそれるべきは頑迷固陋に自分を変えない自分自身、自分を進化できない・させられないままに固定化してしまう自分自身なのだ、と分かった気がする。己を不断に更新することに向けられる高い志(社会や組織、授業クラスの理想像や夢)、それを持続的に追求する逞しく粘り強い日々の努力、そしてそれらを支える簡単に折れない心(あるいは深い知的洞察に支えられた勇気と胆力)。こうした態度・姿勢や価値をこれからも大切にしていきたい。また、この本を通じてそのエッセンスをこの場の読者の皆さんにもお伝えできたらばと念願し、本書をご推薦申し上げたい。


[藤棚ONLINE]経済学部・足立泰美先生 推薦『「家飲みビール」はなぜ美味しくなったのか?』

図書館報『藤棚ONLINE』
経済学部・足立泰美 先生 推薦
『「家飲みビール」はなぜ美味しくなったのか? -コテコテ文系も学べる日本発の『最先端技術』』

「家飲みビール」はなぜ美味しくなったのか?

 緊急事態宣言により外出自粛や時短営業となり巣ごもり需要が増えるなかで、いわゆる「家飲み」が定番に。居酒屋で飲むからうまいはずだったビールが、家で飲んでも意外にうまいというお話。みなさんもお聞き及びでありませんか?

 その美味しさの秘密には、日本発の最先端技術、東京大学の藤田誠教授らによる結晶スポンジ法に起因します。しかしながら、実用化されるまでには、研究者による根気よく、ひとつのことを追求し、何度も繰り返し失敗し、諦めることなく、前に進め続けた地道な時間が存在しています。

 本書を通じて、日常の生活に隠された「なぜ」という疑問から、発明に至るまでの原動力。その科学者の本音と姿勢に触れてみませんか?


[藤棚ONLINE]理工学部・須佐 元 先生 推薦『科学の発見』

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理工学部・須佐 元 先生 推薦
『科学の発見』

本書は、昨年残念ながら他界されたノーベル物理学者のスティーブン・ワインバーグ氏による科学史に関する本です。

20世紀を代表する理論物理学者のうちの一人である著者が、古代ギリシャから現在までの、物理学・天文学を中心とした科学の歩みを講義してくれます。既に多くの書評があって、過去の科学者にダメ出ししているかなり激しい側面を多く取り上げています。確かに過去の科学者たちの考え方がいかに現在の科学的価値観と隔たったものであったかを、厳密に取り上げています。しかしながら著者も述べている通り、これによって「科学」それ自身が数千年にわたって紆余曲折を経ながら進化してきたこと、その過程で多くの科学者が苦闘し、それによって形作られてきた現在の科学の価値および未来への教訓を伝えようとしているのだと思います。

途中やや専門的で難しいところもありますが、サイエンスに携わる・志す人々一般にとって、手にとってみる価値はある本であると思います。