小池 滋・西條 隆雄編集『ディケンズ朗読短篇選集 Ⅱ』

<書籍紹介>
大作家であり、抜きんでた演劇家であり、成功した雑誌編集者であったディケンズは、
たぐい稀なる朗読家でもあった。マイクや音響設備のない時代に、2,000人の聴衆を
2時間にわたってことばの魅力に酔わせつづけた。ゼスチャーはほとんど入れず、声の
抑揚による表現が主である。芝居見物よりずっと高額であったが、回をますごとに聴衆
の数は増えつづけ、朗読回数は予定を大幅に超えた。
 根っからの演劇人であるディケンズの、朗読への思いは強かったが、作家の権威を
落とすからとの忠告を受け入れ、長い間これを思いとどまっていた。しかし1853年末、
41歳のときに、職工の学校設立基金を集めるための慈善事業としてこれをはじめて行い、
これが大成功をおさめて莫大な資金を寄贈した。それ以来、朗読依頼はあちこちから
ひっきりなしに押し寄せてくる。
 生涯で慈善目的の朗読は28回、1858年からはじめた有料朗読公演は450回、
どの場合も満席となり、入口で追い返される人の数はおびただしかった。
朗読用に編んだ台本は全21篇(うち未使用のものは5篇)で、本書に収めた6篇をもって
日本語訳はすべて完了した。涙を誘う「リトル・ドンビー」は、アメリカでこそ嫌われたが
イギリスでは大好評、また、ジンがプンプン匂う産婆兼看護婦のギャンプ夫人は、ピューリ
タンの国アメリカではそっぽをむかれるがイギリスではその人間臭さと語り癖が大いに歓迎
された。
しかし、「キャロル」「ピクウィック裁判 (PP, 34章)」「ニコラス」はディケンズが得意とする
笑いと涙をふんだんに備えていて、何時何処でやろうと大喝采を博した。
一方「憑かれた男」や「バスチーユ獄の囚人」はよくできた台本であるが、人間の本来的
善性の目覚めとか意識と無意識の境界という、どちらかといえば華やかさに欠ける内容を
扱っているので採用されなかったのであろう。ピリオドなしで口早にエピソードを繰り広げて
ゆく「リリパー夫人の貸間」は、音読すれば実に楽しい台本である。涙を誘う場面もある。
実際、シェイクスピア劇団の俳優を呼んできて甲南大学で朗読してもらった時、学生の
皆さんの反応はおどろくほどよかった。すぐれた文学は朗読に耐える。
そして音読をしてこそ作品のよさは倍加する。ぜひ手にとって試してみて下さい。

■『 ディケンズ朗読短篇選集 Ⅱ 』
■ 小池 滋・西條 隆雄(元 文学部教授)編集