川田都樹子・西 欣也(文学部 教授)『アートセラピー再考 -芸術学と臨床の現場から』(平凡社、2013年3月刊)

<書籍紹介>
アートセラピー(芸術療法)とは、絵を描いたり音楽を演奏したりすることによって、
何らかの障害や病気からの「治療」効果をもたらそうとする活動です。甲南大学の
講義科目に「芸術療法」という科目があるように、特に箱庭療法や音楽療法のような
アートセラピーは、心理療法の一手法としてすでに確立された学問的実践的地位を
もっています。もちろん、絵画作品を制作したり楽器を弾いたりすることで、どんな
治療効果があるのかを客観的に証明することは簡単ではないようです。それでも様々な
施設や病院で、求めに応じてアートセラピーの実践に取り組み、成果をあげている
専門家の方たちはたくさんいます。同時にその一方で、「癒し」という言葉が世間で
濫発されるようになるにつれて、アートセラピーも一種の流行現象としてもてはやさ
れてきた面があります。昨今では、商品やサービスの名称に意味もなく「セラピー」と
ついたものも見かけるようになりました。
このような現状を背景としながら、甲南大学人間科学研究所(KIHS)では、文部科学省
から助成を受けた研究プロジェクトの一端として、様々な専門分野の考え方をオーバー
ラップさせることにより、アートセラピーをめぐる諸問題を根本的に検討し直す試みに
取り組んできました。もともと、美しさや創造性のような価値の世界と、病の解明とその
治療を目指す科学的福祉的努力との間にはどのような関係があるのでしょうか。また、
アートセラピーの考え方が日常的に受け入れられるようになった現状から、私たちの住む
日本社会のどのような問題が見えてくるでしょうか。さらに、芸術療法をめぐる現在の
制度や価値観は、どのような歴史的経緯で形成されてきたのでしょうか。こうした数々の
問いかけは、とても興味深く、また意義のあるものです。しかしこれまでほとんどこうした
問題が正面から議論されることはありませんでした。この書物は、5年間にわたって
こうした課題に立ち向かった成果を、著書のかたちにまとめたものです。
本書は4つの部分から構成されています。創作と治癒を関連づける考え方が日本に初めて
導入された経緯を歴史的に解明する第1部。ヨーロッパやアメリカにおけるアートの歴史を
セラピーの視点から捉え直す第2部。治療や療育の現場における具体的な事例を、芸術や
哲学の視点もとりいれながらいっそう深く考察しようとする第3部。そしてアンケートや
インタビューの調査を踏まえながら、日本の現在の社会状況全体を見つめ直そうとする第4部。
それぞれの部分が、セラピストや芸術学者や学芸員や批評家による何本かの論文によって
成り立っています。全体を通読してみて、様々な観点からなる学際的研究の豊かさを感じ取って
みるのもよいでしょうし、目次に未を通して興味を持った論文だけを選んで読むこともできます。

■『 アートセラピー再考 -芸術学と臨床の現場から 』平凡社、2013年3月刊
■ 川田都樹子・西 欣也(文学部 教授)