[藤棚ONLINE]法科大学院・宮川 聡 先生 推薦『戦中派不戦日記』

図書館報『藤棚ONLINE』
法科大学院・宮川 聡 先生 推薦
『 戦中派不戦日記-昭和20年 』

山田風太郎著
講談社文庫, 2002

 今回紹介したいのは,多くの作品(映画化もされた『魔界転生』や,NHKでドラマ化された『警視庁草子』に代表される明治時代を題材にした小説など)を残した山田風太郎の「戦中派不戦日記-昭和20年」です。最初に出版されたのは1971年ですが,文庫本になった1985年に初めて手に取った記憶があります(今では,電子ブック[KADOKAWA]で読むことができます)。

 これは,著者が書き残していた昭和20年1月1日より同年12月31日までの日記をほぼそのまま出版したものです。この日記は,東京医専(現在の東京医科大学)の学生であった著者が,将来出版されるとは夢にも思わない状態で,太平洋戦争の末期・敗戦直後の混乱期に考えていたこと,経験したことをそのまま記載したものであり,その当時の事情を知る上でも貴重な資料になっています(なお,これ以前の時期[昭和17年~19年]については,「戦中派虫けら日記 滅失への青春」というタイトルで出版されています。亡父が兵庫県養父郡で医師をしていた著者が,入試に失敗し一度はあきらめた医師になる夢を実現し,東京医専に入学するまでのさまざまな葛藤について記載されています)。

 時間の経過とともに戦況が不利になり,東京をはじめ多くの都市部が毎日のように米軍のB29による空襲を受けるようになった時期の普通の市民の生活の様子をうかがい知ることのできる記述もたくさんあります(空襲のために命からがら逃げ惑う様子も臨場感たっぷりに書かれています。いわゆる東京大空襲では,11万人以上がなくなり,300万人以上が被災したとされています。)。また,東京医専が信州地方へ疎開することになり,大学の授業を行うために必要な機材などを輸送するために梱包作業に学生が駆り出された様子や,疎開先での授業の内容などについても詳しく記載されており,現在の読者でも想像することができるのではないかと思います。さらに当時の大学生が敗戦をどのような気持ちで迎えることになったのかについても,詳細に記述されており,戦争を知らない日本人が国民の大多数を占めるようになった現在,改めて読み直してみる意味があるのではないでしょうか。

 なお,著者は,昭和21年から昭和27年までの日記も公刊(小学館文庫)しており,戦後の混乱から復興へと一歩を踏み出す時期の東京の様子についても貴重な情報を提供してくれています。