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[藤棚ONLINE]経営学部・久保田秀樹先生推薦『「いき」の構造』

図書館報『藤棚ONLINE』
経営学部・久保田秀樹先生 推薦

 昭和18年、天野貞祐(旧制甲南高等学校第7代校長)の斡旋により、九鬼周造の蔵書を購入し、平成10年、図書館に「九鬼周造文庫室」が設けられました。「九鬼周造文庫」には、書籍だけでなく、『「いき」の構造』の草稿を含む直筆原稿や研究ノート、第一高等学校時代から留学時代までの講義録ノートも含まれ、2016年4月から『『甲南大学デジタルアーカイブ(Konan University Digital Archive )』で公開されています。デジタルアーカイブは、インターネットに接続された PC、タブレット、スマートフォンなどにより、 だれでも無料で利用することができます。 デジタルアーカイブは、甲南大学図書館ホームページからアクセスできます。

 九鬼周造とは、どういう人でしょうか。九鬼周造(1888-1941)は、東京帝国大学の哲学科に入学し、大学院に進んだ後、大正10年から約8年間、ヨーロッパに留学しました。この間、マルティン・ハイデガーなどから西洋哲学を学び、フランスの哲学者サルトルにハイデガーを教えたといいます。ハイデガーは、20世紀のヨーロッパ哲学における最も重要な哲学者の1人といわれています。九鬼周造は、帰国後、京都帝国大学で教鞭をとりました。

 『「いき」の構造』は、昭和5年に発行された九鬼周造の代表作です。岩波文庫に入っています。『「いき」の構造』では、「いき」の概念が西欧の語彙と参照された後、「いき」を規定する属性として「媚態」「意気」「諦め」が挙げられています。

 『ハイデガー選集』に手塚富雄訳「ことばについての対話」が所収されています。これは、1954年に独文学者の手塚富雄さんがハイデガーを訪れた時の会話をもとに書かれたものです。「ことばについての対話」は、九鬼周造の回想に始まって、九鬼による「いき」の分析についての問いかけがその内容です。

 対話において「問う人」として登場するハイデガーは、例えば、次のように語っています。

「問う人 われわれの対話は、学問的なものではありませんでした。特別の目的をもったディスカッションではありませんでした。大学でのゼミナールにおけるような学問的な討論の観を呈したときには、九鬼伯爵は沈黙していました。わたしのいった対話とは屈託のない遊戯のようなものとしてわたしたちの家で行われたのです。そこへ九鬼伯はおりおり夫人とともに見えました。そのとき夫人は壮麗な日本の正装をしておりました。東アジアの世界はそのために、いっそうはっきりと輝き出ました。そしてわれわれの対話の危険は一層明らかに、前面に現われ出ました。」

  「ことばについての対話」 も本学図書館に所蔵されています。また、9号館から図書館へ向かう道の途中の石段の脇に道標と日時計があります。これらは、九鬼周造の遺品です。通るとき、是非、目をとめてみてください。

[藤棚ONLINE]経済学部・森 剛志先生推薦『革命前夜』

図書館報『藤棚ONLINE』
経済学部・森 剛志先生 推薦

監視国家での人間関係は2つ:密告するか、しないか

こんな小説があったのか。可憐にして重厚、しかもエンタメ感十分の内容の文章が体内に脈打ち流れてくる。読み終わってしばらくぼっと放心状態だ。昭和が終わったその年(1989年)、ピアニストを目指して1人の日本人青年眞山柊史(マヤマ・シュウジ)が東ベルリンに到着する。冷戦末期の東ドイツの雰囲気は、母国日本とは大違いだ。人が人を監視する社会。なぜ、一介の日本人留学生に最初から外務省職員が同伴するのか読み進めるうちにわかってくる。ここは監視社会なのだ。しかし、シュウジが志すピアニストの世界は、才能と人生をかけて世界中から集まった天才・鬼才ぞろいだ。息の詰まるような熾烈なピアニストの世界を堪能したかと思うと、時代は大きく音をたてて動き出す。自由を奪われた東ドイツの若者たちが抗議活動を起こしだす。その中には、圧倒的な美貌と美しい演奏を奏でるクリスタもいる。シュウジも否が応でも、この時代のうねりの中に巻き込まれていく。そして、ついにその時がくる。ベルリンの壁崩壊。決して過去の出来事ではない。いま、なぜ香港の若者が熱くなっているのか。日本にいながらでも、今の時とその時を重ね合わせながら読み進めることができる青春エンタテイメントだ。

[藤棚ONLINE]理工学部・須佐 元 先生推薦『A Universe from Nothing』

図書館報『藤棚ONLINE』
理工学部・須佐 元先生 推薦

 新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。皆さんはこれまでも沢山の本を読んで来られたと思いますが、これからの四年間は、たっぷりと読書の時間が取れる人生の中でとても貴重な時間です。読書はまずは楽しみであり、同時に知識を得るための一つの方法です。ジャンルにこだわらず読みたい本をできるだけ沢山読んでください。そこで得た知識は糧となり、また身についた読書習慣は今後の長い人生に、人工的ではない美しい色合いと深みを与えてくれるはずです。みなさんの選書の助けとなるかどうかわかりませんが、私が最近気に入った本を紹介しておきます。

「A Universe from Nothing (邦題:宇宙が始まる前に何があったのか?)」文藝春秋

ローレンス・クラウス著 青木薫訳

 本書は素粒子論から宇宙論の研究に進んだ著者が、宇宙に対する現在の理解の先端までを独特の語り口で述べたものです。なかなか難解な部分もありますが、前半は観測的・理論的にかなりの程度確立されてきたビッグバン宇宙論についての記述が中心です。後半では理論的に「ユニバース」ではなく「マルチバース」ではないかと考えられている先端の宇宙観について紙面が割かれています。全編通して著者は科学的思考法とはなにかについてしつこく語りかけてきます。無からの宇宙創生の物語はしばしば宗教的・哲学的論争を引き起こすので、著者はそのような見方を徹底的に排除する立場に立って論を進めて行きます。一方的に著者の主張を受け入れる必要はありませんが、物事を考えるときの真摯な科学的思考法から多くを学ぶことができると思います。われこそはと思う人は手にとって見てください。

 以上推薦しましたが、とにかくそれぞれがそれぞれの興味の赴くままに本を読んで下さい。

[藤棚ONLINE]文学部・友田義行 先生推薦『アンパンマンの遺書』

図書館報『藤棚ONLINE』
文学部・友田義行先生 推薦

 コロナ禍の下、「自粛警察」という言葉を耳にするようになりました。営業を続けるお店や、県外からの来訪者を探し出し、休業や自宅待機などを要請するそうです。報酬のない「ボランティア」活動であり、正義の心で動いておられるのかもしれません。
 悪をくじき、弱きを助ける、正義の味方。ヒーローはいつの世もあこがれの存在です。アンパンマンが最初に出会ったヒーローだった方も多いのではないでしょうか。ウルトラマンや仮面ライダー、鉄腕アトムなどに比べると、アンパンマンはずいぶんとしょぼいヒーローです。困った人に自分の顔を食べさせたり、水に濡れてふやけてしまったり。すぐに顔を失い、力が出なくなって、悪者にぶっ飛ばされてしまいます。ジャムおじさんに新しい顔を焼いてもらわないと、ろくに活躍できないヒーロー。
 本書はアンパンマンの作者・やなせたかしの自伝です。著者が76歳のときに遺書(?)として発行されました。ご紹介するのは手に入れやすい文庫版で、著者94歳の挨拶文が追記されています。
 読んで意外だったのは、アンパンマンの話が終盤に少し登場するだけということ。著者は大人相手の漫画家を目指していましたが、手塚治虫ら輝かしい活躍を見せた同時代の漫画家たちとは違い、絵本作家として幼児の間で人気を得ました。むしろ日陰に生きてきたのだと、自らの半生を捉えています。顔のないアンパンマンは、無名性の象徴でもあるのです。たしかに、アンパンマンがアニメ化されたのは1988年で、著者はすでに70歳近くでした。この翌年、手塚治虫が亡くなっています。アンパンマンと鉄腕アトムはすれ違いました。
 「なんのために生まれて なにをして生きるのか わからないままおわる そんなのはいやだ!」、「ぼくらはみんな生きている 生きているからかなしいんだ」、どちらもやなせたかしの作詞です。彼はアニメーターや絵本作家である前に、詩人でした。
 アンパンマンの原型となった絵本『あんぱんまん』のあとがきに、著者はこう書いています。「ほんとうの正義というのは、けっしてかっこうのいいものではないし、そして、そのためにかならず自分も深く傷つくものです」。他人を傷付けるばかりの正義が横行する世界を、顔の欠けたアンパンマンはどう見つめているでしょうか。

[藤棚ONLINE]図書館長・笹倉香奈 先生(法学部) 推薦『Factfulness:10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』

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図書館長・笹倉香奈先生(法学部) 推薦

 皆さん、こんにちは。
 新しい年度が始まりました。大変な状況の中での新学期になりましたが、図書館ではこれからも皆さんの学修に役立つ情報を発信していきたいと思います。

 私は法学部で刑事訴訟法という科目を教えていますが、本日は専門分野とは直接の関係がないけれども、皆さんにもぜひお読み頂きたい本をご紹介します。

 『ファクトフルネス:10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』は、かなり話題になった本ですので、ご存知の方も多いかもしれません。
 現在の世界の状況のもと、冷静に事実に基づいて世界を見ることの重要性を説く本書の重要性は、さらに増しているように思います。

 著者はスウェーデンのカロリンスカ医科大学の医師で公衆衛生学の研究者です。生涯をかけて、「データ」をもとに事実を正しく見ることの重要性を説きました。それが「ファクトフルネス」の実践なのです。
 私たちは世界について様々な思い込みをしています。それは、私たちの様々な本能から来るものだと本書は分析します。

 分断本能(「世界は分断されている」)、ネガティブ本能(「世界はどんどん悪くなっている」)、恐怖本能(「危険でないのに恐ろしい」と考えてしまう)、単純化本能(「世界はひとつの切り口で理解できる」)、犯人捜し本能(「誰かを責めれば物事は解決する」)、焦り本能(「すぐ手を打たなければ!」)等々。著者は、これらの10の「思い込み」が何をもたらしてしまっているのか、私たちがいかに事実に基づかないで世界を悲観的に見てしまっているかということを具体的なエピソードを交えながら、わかりやすく明らかにしていきます。

 では、ファクトフルな思考をするためには、どうしたら良いのでしょうか?本書は次のように言います。

 本能を抑えて事実を正しく見ることがどれほど難しいことなのか、自分の知識がいかに限られていることを認めましょう。そして、堂々と「知りません」と答え、新しい事実を発見したら、喜んで意見を変える、すなわち「謙虚」であることが重要です。

 そして「好奇心」をもつことです。新しい情報を積極的に探して受け入れ、自分の考えに合わない事実を大切にし、その裏にある意味を理解しようと努めましょう。間違ってしまっても恥じず、間違いをきっかけに興味を持ってみましょう。

 本書が提唱する「ファクトフルなものの見方」は、冷静な対応をするためにすべての人にとって必要だと思います。こういう時期だからこそ、一読をおすすめします。


【図書館事務室より】
 2020年度が始まり早くも2週間が過ぎました。新年度最初の藤棚ONLINEは、今年度より新しく図書館長に就任されました、法学部教授の笹倉香奈先生よりおすすめ本をご紹介いただきました。
 新型コロナウイルス感染拡大防止のための様々な措置が取られる中、甲南大学も教職員・学生が一丸となって対応している最中にあります。特に新入生にとってはただでさえ不安と希望に揺れる新生活の区切りにあって、大変な心労を抱えていることと愚考します。
 今回笹倉先生にご紹介いただいた本は、いたずらに不安を煽られず冷静に対応するために必要な考え方を示してくれるものとのこと。ぜひ読んでみてもらいたいところですが、本学図書館も今は閉館中。5月以降、無事開館できたらぜひ図書館で借りてみてください!
 一日も早い終息を願う日々ですが、学生の皆さんも心を元気に過ごしてください!
 何かわからないことや不安に思うことがあれば、大学に問合せしてみてください。職員も最小限の人員で対応しているため電話はつながりにくいかもしれませんが、真摯に対応しておりますのでお気軽にどうぞ!

[藤棚ONLINE] 共通教育センター・鳩貝耕一先生推薦『アインシュタインの反乱と量子コンピュータ』

図書館報『藤棚ONLINE』
鳩貝耕一先生(共通教育センター) 推薦

 東京2020オリンピック・パラリンピックの直前6月には日食があり、新型コロナウイルスの脅威が去っていれば、梅雨時期の日本を離れ、北回帰線まで金環日食を見に行くクルーズ船ツアーに参加したい天文ファンも多いと思います。さて回帰というと、地球面上ではなく時間軸上での過去のふりかえりと考える人も多いと思います。以下は、いろいろと回帰するお話です。
 まず、私が甲南大学4年生の時(天文同好会発足当時の1978年)に回帰すると、テニスコート、バスケットコートや藤棚のあったところに現在の図書館が竣工しました。図書館HPには、「憩いの場の思い出を大切にと、館報名を『藤棚』としました」とあります。その後、原子核理論物理学研究者のほんの端くれだった大学院生の時に、人文・社会系院生から「大学院生協議会」を立ち上げないかとの話がもちかけられ、理系院生のまとめ役として応じました。その組織活動の一環として、開館時間延長について大学執行部にお願いしにあがりました。
 以下に紹介する書籍のテーマは、院生時代に「だまって、計算」していた原子核物理学の根幹をなす「量子力学」と現在の私の研究分野である「情報科学」の両方にまたがる話題です。
 昨年末の10月に回帰すると、グーグルは開発中の量子コンピュータを用いた「量子超越(quantum supremacy)」の成功を発表しました。これは、スパコン「富岳」などでも計算には多大な時間(発表では約1万年)のかかるような問題を、極めて短時間(同3分20秒)で解けることを示したことになります。研究成果は、査読付きのれっきとした英科学誌「ネイチャー」に論文として掲載されました(ただし、IBMの量子コンピュータ研究陣からは異論が出ています)。
 量子コンピュータの話題は、実は目新しいことではなく、ほぼ十年前の2011年に回帰すればカナダのD-Wave社が製品としての商用量子コンピュータの提供を開始しました。今回のグーグルの発表よりもこちらのほうがよほどショックで、「えっ、こんなの出していいの?!」と心の中でつぶやいたのを思い出します。1996年、甲南に教員として戻って以来、量子コンピュータの研究は全く行っていませんが、情報収集はしていました。まだまだ研究の域を出ないだろうと、たかをくくっていたわけです。
 さて、この「えっ!」の背景や意味するところをまとめると本1冊ぐらいは書けるだろうなということが分かっていたので、最近になってググらずに(笑)Amazon.co.jpで検索してみました。
 京都大学名誉教授で、2001年から2014年春まで本学にも教授として在籍されていた佐藤文隆先生の『アインシュタインの反乱と量子コンピュータ』が見事ヒットしました(ここでも甲南に回帰!)。研究者の端くれの私が、碩学大儒(せきがくたいじゅ)である佐藤先生の書評を書くなどはもってのほかなので、このような回帰大作戦とあいなった次第です。

 この本のスゴイところは、D-Waveマシン以前、本学におられた2009年に出版されているところです。量子情報に関する研究が活発になっていることをリサーチした上での出版ではないでしょうか?
 本当は、近著でほぼ人文・社会科学系の言葉で書かれている『量子力学が描く希望の世界』を紹介したかったのですが、読者はあらかじめ20世紀初頭に回帰して量子力学近代史を調べておかないと、チンプンカンプンだと思います。その点、こちらの書籍では、理系の言葉とはいえ内容を理解するための説明が簡単に添えられているので、理系学部のみなさんにはオススメです。より実験志向な方には、『佐藤文隆先生の量子論』がオススメです。
 えっ、「なぜ、アインシュタインなの?」かって・・・。アルベルト・アインシュタインは、相対性理論ではなく「光量子仮説に基づく光電効果の理論的解明」によって1921年にノーベル物理学賞を受賞しています。量子の世界について最も深く考察した人だと言われています。ただし、最近のミクロな技術の進展により、量子への理解がこのころよりはより深まっています。
  五里霧中ならぬ五「黍」霧中に杖を差し込んで探るような量子の世界にミーハーな私は、「だまって、計算しろ!」TシャツをAmazon.comより購入してしまいました(笑)。学生のみなさんの中から、回帰大作戦→開基大作戦→怪奇大作戦と進まれる方の出ることを期待しています。

●書誌情報(書籍は全て1F開架に揃っています)
『アインシュタインの反乱と量子コンピュータ』,京都大学学術出版会,2009
『佐藤文隆先生の量子論:干渉実験・量子もつれ・解釈問題』,講談社ブルーバックス,2017
『量子力学が描く希望の世界』,青土社,2018
・「アインシュタインと量子」,日本経済新聞,2020年2月16日朝刊,p.32