住野よる著 『青くて痛くて脆い』

 

 

知能情報学部 4年生 Hさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 : 青くて痛くて脆い
著者 : 住野よる

出版社:KADOKAWA
出版年:2018

私たちは学生生活の中で、「自分だけの居場所」や「分かり合える仲間」を強く求める時期を経験する。周囲とうまく馴染めず、理想ばかりが先行してしまうことも少なくない。住野よるの『青くて痛くて脆い』は、そうした若さ特有の不安定さや危うさを、決して美化することなく描き出した作品である。

物語は、大学生の主人公・田端楓が、かつて同じ理想を語り合った秋好寿乃と再会することから動き出す。二人は「モアイ」という小さなサークルを立ち上げ、世の中を良くしたいという純粋な思いを共有していた。しかし、その理想は次第に現実とのずれを生み、時間の経過とともに歪んでいく。現在の楓は大学生活にも人間関係にも満足できず、過去にしがみつきながら生きている。ある出来事をきっかけに、彼は過去の「モアイ」と向き合うことになり、自分自身の弱さや醜さを直視せざるを得なくなる。

本作の大きな魅力は、登場人物たちが決して理想的な存在として描かれていない点にある。正しさを語りながらも他人を見下し、自分の価値観を押し付け、傷つけてしまう姿は、決して他人事ではない。特に楓の内面描写は非常にリアルで、自己正当化を繰り返す思考や、他者への嫉妬や恐れが生々しく描かれている。読者は彼に共感しつつも、「これは自分自身の姿ではないか」と問いかけられるだろう。

また、タイトルにある「青くて」「痛くて」「脆い」という言葉は、登場人物たちの精神状態そのものを象徴している。若さゆえに理想を強く信じ、だからこそ簡単に傷つき、崩れてしまう。その過程が丁寧に描かれているからこそ、本作は青春小説でありながら、読後にほろ苦さを残す。

『青くて痛くて脆い』は、理想を持つことの尊さと同時に、その危険性や未熟さを突きつける物語である。読み終えた後、自分の過去の言動や、今の人間関係を静かに振り返りたくなるだろう。青春のきらめきよりも、その裏側にある痛みを知っている人にこそ、ぜひ手に取ってほしい一冊である。

柚月裕子著 『教誨』

 

 

知能情報学部 4年生 Hさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 : 教誨
著者 : 柚月裕子

出版社:小学館
出版年:2025

柚月裕子の『教誨(きょうかい)』は、死刑囚として刑の執行を受けた女性の心の内側を丹念に描き、人間の「罪」と向き合うことの意味を深く考えさせる長編犯罪小説である。単なるサスペンスとしての面白さにとどまらず、読後に静かな余韻を残す重厚なテーマが印象に残る作品だ。

物語は、遠縁の死刑囚・三原響子が執行によって死亡し、その遺骨と遺品の引受人に指名された吉沢香純とその母・静江のもとに連絡が入るところから始まる。響子は十年前に我が子を含む幼女二人を殺害したとされ、「毒親」「ネグレクト」と社会的に糾弾された人物だった。しかし香純の記憶する響子は、報道されたイメージとはどこか違っていた。響子が最期に遺した「約束は守ったよ、褒めて」という意味深な言葉を解き明かすため、香純は響子の教誨師であった下間将人住職の助けを借りながら、青森県の菩提寺へ向かう旅に踏み切る。そこから、彼女は事件の背景と真実に少しずつ迫っていく。

本作の魅力は、単純に事件の真相を追うミステリーとしての面白さだけではない。響子という人物像が、世間のレッテルや報道とは異なる多層的な側面を見せることで、読者は「罪」とは何か、人はどのように裁かれうるのかを問われる。響子の行為そのものは決して許されるものではないが、彼女を取り巻く環境や人間関係がどのように作用したのかを想像させ、事件の当事者と第三者という距離感を繊細に描き出している。響子の最期の言葉が示す真意を追いながら、香純の視点を通して私たち読者もまた、罪に対する固定観念を揺さぶられていく。

読み進めるうちに、事件の背景や登場人物の思いが丁寧に重なり合い、「正義」とは何かについての問いが静かに立ち上がる。死刑制度や社会的な裁きについての明確な結論は提示されないが、それこそがこの作品の強さでもある。『教誨』は、人間の深層を抉り出す文学的な犯罪小説であり、罪と向き合い、人を理解しようとする姿勢の重さを読者に突きつける一冊だろう。

ヴィクトル・ユゴー著 『レ・ミゼラブル』

 

 

文学部 1年生 Oさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 : レ・ミゼラブル
著者 : ヴィクトル・ユゴー [著] ; 永山篤一訳
出版社:角川書店
出版年:2012

『レ・ミゼラブル』は19世紀前半のフランスを舞台とした歴史小説である。日本では過去に「あゝ無情」というタイトルで翻訳されており、そのタイトルならば聞いたことがあるという人もいるかもしれない。今回はそんな『レ・ミゼラブル』について、少しでも知ってもらうことが出来れば幸いである。

この物語は窃盗の罪を犯したジャン・ヴァルジャンが数十年間の服役を経て、出所するところから始まる。どこにも受け入れてもらえる場所は存在せず、各地を放浪する彼はディーニュにあるビアンヴニュ司教の屋敷を訪れる。司教はそんなヴァルジャンを心優しく受け入れて、一晩泊めることを快諾する。しかし長年の投獄からすっかり心が荒れていたヴァルジャンは、司教が大切にしていた銀の食器を盗み出してしまう。翌日、ヴァルジャンを連れてきた警官たちに対して、司教は「それは元々彼にあげる予定のものだった」と彼を釈放するように求める。さらに、釈放されたヴァルジャンに対して司教は残りの銀の食器、燭台を手渡し、彼にこれからは正直者であるように諭す。ヴァルジャンはそんな司教の振る舞いに感動し、心を入れ替えて生きていくことを誓うのである。

物語中には物事や社会の本質を突く言葉が数多く存在する。例えば窃盗の罪で捕まった当初、ヴァルジャンは「俺がこういった罪を犯したのは貧しさのためであり、そういった状況を許している無慈悲な人間社会に人を裁く権利はあるのか」と考える場面がある。ヴァルジャンは幼い頃に両親を亡くし、7人の子供を持つ姉の一家のもとで育った。しかし姉の夫が亡くなってからは、状況が変わってしまったため、このような盗みを犯したのだ。そこから私は、こういった過去を持つ彼を一概に悪とは言えるのだろうかと考えた。

本書には感動する場面も、また存在する。先ほど述べたヴァルジャンが改心するきっかけになった出来事もそうだ。巧みな表現で描かれた文が更にそういった感覚を助長させる。無情な社会の中でも、自分が正しいと思うことを貫くヴァルジャンの姿は、見ていてとても考えさせられる。いったい彼はどのような生涯を送るのか、実際に読んでみて、様々なことを感じて欲しい作品だ。

今村翔吾著 『イクサガミ 地』

 

 

知能情報学部 4年生 Hさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 : イクサガミ 地
著者 : 今村翔吾

出版社:講談社
出版年:2023

「天」の巻が「有象無象が入り乱れるカオスな乱戦」だったとすれば、この「地」の巻は「選び抜かれた怪物同士による、高度で冷酷な殺し合い」だ。
4 部作の真ん中に位置する第 2 部は、物語のつなぎ目としてテンポが落ちる、いわゆる「中だるみ」が起きがちである。しかし本作において、その懸念は完全に杞憂に終わる。舞台は東海道の中盤から、天下の険・箱根へ。参加者の人数は大幅に減ったが、その分、生き残っているのは一騎当千の修羅ばかりだ。戦闘の密度、駆け引きの知能レベル、そして殺意の純度が、前巻とは比較にならないほど跳ね上がっている。ページをめくる手が次第に重くなるほどの緊張感――まさに「地」を這いずるようなヒリヒリとした焦燥感が、読者の精神を容赦なく削ってくる。

本作の魅力は、主人公・愁二郎の成長だけにとどまらない。立ちはだかるライバルたちのキャラクター造形が、格段に深みを増している点にこそある。彼らは単なる悪役ではなく、それぞれが「譲れないもの」や「歪んだ美学」を抱えている。その信念同士が正面からぶつかり合うからこそ、命のやり取りに避けがたい悲壮なドラマが生まれるのだ。中でも、ある「凶悪な敵」との対峙は、圧倒的なアクション描写の極致でありながら、生き残ることの意味を問いかける哲学的な名シーンとして強烈な印象を残す。

さらに、デスゲームの主催者の存在、そして「蠱毒(こどく)」の真の目的といった、物語の根幹に関わる謎が、少しずつ、しかし不気味な輪郭を伴って姿を現し始める。アクションの興奮と並行して、「このゲームの裏で何が起きているのか?」という知的好奇心が脳を刺激し続ける構成も見事だ。

読み終えた直後、読者を襲う感情は二つある。「凄まじいものを読んだ」という虚脱感と、「頼むか
ら今すぐ続きを読ませてくれ」という強烈な飢餓感だ。「地」は、「人」へと至るための、あまりにも贅沢で、そして残酷な滑走路である。覚悟を決め、この激流に身を委ねてほしい。

今村翔吾著 『イクサガミ 天』

 

 

知能情報学部 4年生 Hさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 : イクサガミ 天
著者 : 今村翔吾

出版社:講談社
出版年:2022

もしあなたが「時代小説はおじさんが読むもの」「歴史の知識がないと楽しめない」という偏見を持っているなら、この一冊でその価値観は完全に覆されることになるだろう。今村翔吾の「イクサミ 天」は、歴史小説の皮を被った、極上のノンストップ・エンターテインメントだ。

舞台は明治 11 年。武士の時代が終わりを告げ、刀を奪われた侍たちが生きる場所を失いつつある頃。京都に集められた 292 人の猛者たちに告げられたのは、東京までの道中で殺し合い、「木札」を奪い合うという狂気のゲームだった。
優勝賞金は現在の価値で 100 億円。まるで「イカゲーム」や「ゴールデンカムイ」を彷彿とさせる設定だが、本作の凄みは、それが「明治」という過渡期に行われる必然性にある。時代の波に飲まれ、誇りだけでは食っていけなくなった男たちの悲哀が、このデスゲームに重厚なリアリティを与えているのだ。

主人公・嵯峨愁二郎は、ある少女を守るためにこの修羅の道を行く。彼に襲いかかるのは、異形の武器を操る怪人や、戦闘狂の剣士たち。特筆すべきは、その圧倒的なリーダビリティだ。著者の筆致は驚くほど視覚的で、ページをめくるたびに脳内で鮮明な映像が再生される。もはや小説を読んでいる感覚ではない。ハリウッド級のアクション映画を、文字を通して脳に直接インストールされているような感覚に陥る。

大学の講義や課題、アルバイトに追われる日々のなか、これほどまでに時間を忘れて没入できる作品に出会えることは稀だ。「天」の巻を読み終えた瞬間、あなたは間違いなく書店へ走り、続編の「地」の巻を手に取ることになるだろう。退屈な日常を打破する刺激が欲しいなら、迷わずこの「蠱毒(こどく)」に足を踏み入れてほしい。

植松努著 『NASAより宇宙に近い町工場 : 僕らのロケットが飛んだ』

 

 

知能情報学部 4年生 船本 敬人さんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 : NASAより宇宙に近い町工場 : 僕らのロケットが飛んだ
著者 : 植松努

出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン
出版年:2015

宇宙やロケットと聞くと、多くの人はNASAのような巨大な研究機関や特別に優秀な人だけが関われる世界を思い浮かべるだろう。しかし本書は、そのような固定観念を大きく覆す内容となっている。北海道の小さな町工場から宇宙開発に挑戦した実話が描かれており、「夢や挑戦は遠い存在ではない」ということを強く感じさせられた。

本書では、著者が経営する町工場が人工衛星や探査機に使われる部品を製作するようになるまでの過程が語られている。ミクロン単位の精度が求められる加工や極低温・高温といった過酷な環境に耐える技術など高度な内容が扱われているが、難しい専門用語は少なくて技術に詳しくない読者でも理解しやすい構成になっている。また、成功の話だけでなく、資金不足、失敗、周囲からの反対といった現実的な困難についても率直に描かれており、挑戦の厳しさがリアルに伝わってくる。

本書で特に印象に残ったのは、著者が繰り返し述べている「どうせ無理」という言葉への疑問である。周囲の大人や社会が無意識に発するこの言葉が若い人の挑戦する気持ちを奪ってしまうことを著者は自身の経験を通して訴えている。町工場という限られた環境であっても、工夫と努力を重ねることで世界に通用する仕事ができるという事実は将来や進路に悩みやすい大学生に対して大きな励ましになると感じた。

本書は宇宙開発をテーマにしながらも、その本質は「挑戦する姿勢の大切さ」にある。特別な才能や恵まれた環境がなければ夢は叶わないという考えを否定し、まず行動することの重要性を教えてくれる一冊である。特に、失敗を恐れずに挑戦を続ける姿勢や身近な場所からでも大きな目標に向かえるというメッセージは学生生活の中で進路や将来について考える機会の多い大学生にとって強く心に残るものだろう。読み終えた後に自分の中にある「できない理由」や「どうせ無理」という考えを見つめ直し、一歩踏み出してみようと思わせてくれる点に本書の大きな価値があると感じた。