山口 聖(経営学部)「『嫌われる勇気:自己啓発の 源流「アドラー」の教え』 岸見一郎、古賀史健著 (ダイヤモンド社)」

 アルバイトやクラブ、サークル活動など、大学に入学してから、これまで以上にたくさんの人と関わるようになったことと思います。たくさんの人と関わり、さまざまな価値観を持つ人と交流することで、これまでの価値観を広げることができますし、価値観が類似した他者を見つけ、それを共有することができれば、代え難い喜びを得ることができるでしょう。
 一方、関わりが広がることで、上下関係や価値観が異なる人との関係も生じてきます。そのような中でたくさんの人が経験することになるのが、人と付き合うことのしんどさではないでしょうか。心理学者であるアドラーは、人間の悩みは、すべて対人関係の悩みであると述べています。では、対人関係の悩みの根底にあるものは何なのでしょうか。そしてその悩みから解放されるためにはどうすればよいのでしょうか。本書では、アドラー心理学を専門とするカウンセラーと、対人関係に悩む若者との対話を通じて、これらに対する疑問が明らかにされます。
 アドラーは、海外ではフロイトやユングと並ぶ心理学者として知られています。しかしながら、本書で語られる通り、アドラーがフロイトと異なる点は、人の性格や人生観は、過去の経験によって決定されるわけではないと考えることにあります。したがって、人は今日から変わることができ変われるからこそ対人関係の悩みも克服することができるのだと、本著は主張します。
 しかしながら、このことは同時に、自分が変わることができない理由を、自分以外の要因に責任転嫁することができないことを意味します。本書では、自分の能力が不足していることから目を背け、自分はやればできるという可能性の中に生きるために、仕事の忙しさを理由に小説を書かない小説家志望の友人のエピソードが紹介されます。本書で登場する様々なエピソードは、対人関係が苦手ではない人にとっても、ためになると思います。自分はやればできると思っている人、あるいは自分ができない理由を自分以外の要因に責任転嫁したことがある人は、一読してみてはいかがでしょうか。社会に出る前に、自分自身と向き合う良い機会になると思います。

甲南大学図書館報「藤棚」(Vol.36 2019) より