中島 京子著 『長いお別れ 』

 

 

法学部 3年生Sさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 :  長いお別れ
著者 :  中島 京子
出版社:文藝春秋
出版年:2015年

ロンググッドバイ。長いお別れ。少しずつ記憶をなくしていき、長い時間をかけてお別れしていくとき、人は何を思うのだろうか。忘れていく人は。忘れられていく人は。

本作は、認知症と診断された東昇平が、妻、三人の娘、孫などと過ごす十年を描いた物語である。八章で構成されており、章が進んでいくごとに昇平の症状は進行していく。こう書くと、シリアスで重い作品、またはお涙頂戴小説のように思う人もいるかもしれない。しかし、見当外れ。そんな予想は見事に裏切られる。この作品は「認知症」がテーマでありながら、笑えるシーンも随所に見られる。泣かせてやろう、という意思は全く感じられない。そしてなにより、本作は病気そのものではなく、病気に直面した家族のあたたかさに主眼が置かれている。

アメリカでは認知症のことを「ロンググッドバイ」と言うらしい。直訳で、長いお別れ。徐々に周囲の人のことを忘れていき、少しずつ時間をかけてお別れしていくことが由来になっている。長いお別れも、きっと突然のお別れと同じくらい悲しい。作中でも、昇平の妻である曜子は、自分のことを忘れてしまった夫を介護することについて、気の毒と思われている。だが曜子は、「言葉は失われた。記憶も。知性の大部分も。けれど、長い結婚生活の中で二人の間に常に、あるときは強く、あるときはさほど強くなかったかもしれないけど、たしかに存在した何かと同じものでもって、夫は妻とコミュニケーションを保っているのだ」と考えている。その人がその人として生きている限り、その人は確かにそこに存在していると信じている。そして、そこに存在している夫は、例え自分のことを忘れてしまっても、なにかでつながった自分の夫であることに変わりはないのだと訴えてくる。

昇平は、曜子のような人と人生の大半を過ごせて幸せだっただろうと心底思った。二人の関係を羨ましく思った。インターネットの発達に伴い、繋がれる世界は一気に拡がった。それにより、個人の関係は希薄になっているとも言われている。そんな時だからこそ、認知症をテーマに、夫婦や家族といった小さくて狭い、けれどもあたたかい個人の関係を描いた本作は読まれるべき作品なのではないだろうか。