オルダス・ハクスリー著 , 黒原敏行訳 『すばらしい新世界』

 

フロンティアサイエンス学部 4年生 Ⅰさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 :  すばらしい新世界
著者 :  オルダス・ハクスリー著 , 黒原敏行訳
出版社:光文社古典新訳文庫
出版年:2013年

 理想郷は人々が過去に経験をもとに思い描いた幸せな機会に恵まれた世界である。ではもし人類規模の戦争、虐殺というこれ以上に感じることはないほどの苦悩を経験した場合、人々はどのような理想郷を求めるのだろうか。本作の世界その可能性の一つとして、苦悩からの逃避を選択した。

 この世界では人間が工場で社会的階級別に体格や容姿、知性が調整されて生産される。この生まれつきの超えようのない壁は、人種や社会的階級の差別を根絶した。つらいことがあれば快楽剤(ソーマ)を飲んで忘れてしまえ。争いも競争もない、つらいことは忘れる理想郷を本作の人々は選んだのである。

 しかし、ソーマを飲んでも解決できない苦悩もある。バーナード・マルクスは最高階級でありながらトラブルで低層階級の体になってしまった。マルクスは同階級と仲良くすればするほど劣等感を感じ、卑屈な性格になっていく。そこでマルクスは旧文化(我々の文化)を受け継ぐ青年ジョンを連れてくるなどして注目を集めたが、そこで得られたことは、人々の目当てがジョンでありバーナードは飾りである事実であった。そのジョンもまた、今まで育ってきた概念を否定した社会に困惑した。苦悩の果てにジョンはトラブルを起こし、バーナードとも切り離されたジョンは一人でこの理想郷に何を感じたのか。

 本作から率直に感じたこととして、競争、苦悩することを否定した人類のコミュニティの中で、卑屈なバーナードこそもっとも人間らしい行動をしているように感じた。他者との比較、自己嫌悪、虚栄心、現実の自覚、自暴自棄など実に人間らしい行動を見せている。私はこのような人間が人間性から逃避した世界こそ、バーナードのような異端の存在が変革をもたらす鍵になると考えたが、バーナードもまた人間らしく名声を求め、栄光を手に入れたが、最後は道を誤り墜ちていった。

 最後に我々と同じ概念を有するジョンは何を感じたのだろうか。ジョンが本作の世界で感じたことは、本作を読んだ我々の感想でもある。ジョンは悲惨な最後を迎えることで、この世界に解を見出したが、私がその立場であればどうなるであろうか。それを考えながら本作を読み直すことも楽しみの一環である。