呉勝浩著 『爆弾』

 

 

知能情報学部 4年生 Kさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 : 爆弾
著者 : 呉勝浩
出版社:講談社
出版年:2022

呉勝浩氏の『爆弾』は、ミステリーという枠組みを借りながら、人間の本質に潜む「悪意」の正体を執拗に問いかける、圧倒的な熱量を持ったノンストップ・サスペンスです。第167回直木賞候補、そして2023年「このミステリーがすごい!」国内編で第1位を獲得した本作は、単なる犯人探しを超えた「対話の恐怖」を読者に突きつけます。

物語は、些細な傷害事件で連行された中年男・スズキタゴサクが、取調室で「十時に秋葉原で爆発がある」と予言するところから動き出します。当初は浮浪者の戯言と一笑に付していた警察ですが、予言は的中。ここから、東京中に仕掛けられた爆弾を巡る、警察とスズキの心理戦が幕を開けます。

特筆すべきは、犯人であるスズキのキャラクター造形です。彼は一見、どこにでもいる「持たざる者」であり、社会の底辺で虐げられてきた存在に見えます。しかし、ひとたび口を開けば、論理の飛躍と歪んだ正義感、そして鋭い観察眼で、対峙する刑事たちの心の傷を正確に抉り出していきます。

本作における「爆弾」は、物理的な爆発物だけを指すのではありません。スズキが仕掛けるのは、言葉という名の爆弾です。

「なぜ、自分より価値がないと思う人間の死に、これほど怯えるのか?」

「あなたが救いたいのは、市民なのか、それとも自分の正義感なのか?」

こうしたスズキの問いかけは、警察組織の欺瞞や、私たちが無意識に抱いている差別意識、そして「命の選別」という倫理的なタブーを容赦なく暴いていきます。読者は刑事たちとともに、自分自身の内側にある「醜さ」と向き合わざるを得なくなります。

物語のスピード感は凄まじく、多視点で描かれる緊迫した状況は、読者を一瞬たりとも休ませません。刻一刻と迫るタイムリミットの中で、正解のないクイズを解かされるような焦燥感が、読書体験をより濃密なものにしています。

結末において、私たちは「爆弾」の本当の正体を知ることになります。それは、特定の犯罪者が生み出したものではなく、この社会の歪みそのものが生み出した「悪意の連鎖」ではないか。読み終えた後、日常の風景が少し違って見えるような、強烈な余韻を残す傑作です。