有川浩著 『植物図鑑』

 

 

知能情報学部 4年生 Fさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 : 植物図鑑
著者 : 有川浩
出版社:角川書店
出版年:2009

『植物図鑑』は、日常の中にひそむ出会いが、ゆっくりと人の心をほどいていく過程を、穏やかな筆致で描いた物語である。物語は、主人公・さやかがアパートの前で行き倒れていた青年・いつきを拾うという印象的な場面から始まる。道ばたの植物を食べて生きているという彼は、礼儀正しく落ち着いた雰囲気を持ちながらも、私生活について多くを語らない。その距離感が、さやかだけでなく読者にも「この人はどんな過去を持っているのだろう」という関心を抱かせ、物語への入り口となっている。

二人の同居生活で描かれるのは、派手な事件ではなく、植物を採り、料理を作り、同じ時間を過ごすというごくありふれた日常である。しかし、その一つひとつが丁寧に積み重ねられることで、関係が少しずつ変化していく様子が自然に伝わってくる。特に、雑草として見過ごされがちな植物が、名前を持つ食材として登場する描写は印象深い。何気なく踏み過ごしてきたものに価値を見出す視線は、人との向き合い方とも重なっていく。

物語の中盤、二人の関係に大きな揺らぎが訪れる。その出来事によって、それまで穏やかに続いていた同居生活は一度立ち止まり、二人はそれぞれの立場や距離感を見つめ直すことになる。その揺らぎを経て、二人の関係がどのような形に変化していくのは、物語の後半で丁寧に描かれていく。

『植物図鑑』を読み終えたあと、不思議と世界の見え方が変わる。これまで気にも留めなかった道ばたの草に、名前や役割があるのではないかと想像するようになる。何でもない日常の中に、目を向ければ意味や温度が宿っていることに気づかされる一冊である。物語を閉じたあと、ふと足元の草に視線を落としたくなる。その小さな変化こそが、本書のいちばんの魅力だと感じた。