宇佐見りん著 『推し、燃ゆ』

 

 

知能情報学部 4年生 Tさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 : 推し、燃ゆ
著者 : 宇佐見りん

出版社:河出書房新社
出版年:2020

「推しが燃えた。ファンを殴ったらしい」。この衝撃的な書き出しから始まる本作は、現代社会に
おける「推し」という現象を、単なるファン心理としてではなく、一人の少女の切実で過酷な生
存戦略として描き切った傑作である。

主人公のあかりにとって、アイドルである上野真幸を「解釈」し、その活動を全身全霊で応援することは、日常の一部ではなく、彼女の生存そのものである。学業や家族関係といった、誰もが当たり前にこなすべき「生活」がうまく制御できない彼女にとって、推しという存在は、重力に抗って自分をこの世界に繋ぎ止めるための唯一の「背骨」なのだ。彼女が推しの言葉を克明に記録し、その一挙手一投足に全存在を捧げる姿は、現代的な宗教儀礼、あるいは一種の聖痕を求める祈りにも似ている。

著者の宇佐見りんは、あかりが抱える根源的な「生きづらさ」を、痛々しいほど生々しい身体感覚を伴う描写で読者の意識に刻みつける。重たくままならない肉体、淀んだ部屋の空気、そしてそれらと対照的に、画面の中で発光し続ける推しの輝き。その対比が、彼女の孤独をより一層残酷に際立たせる。

物語の終盤、推しの引退によって文字通り「背骨」を失ったあかりが、絶望の深淵で四つん這いになりながらも、再び自分の手で何かを掴もうとする場面は、凄まじい迫力をもって迫ってくる。 他者に自己の存在意義を完全に委ねることの危うさと、それでもそうせざるを得ない人間の「業」を、本作は剥き出しの言葉で射抜いている。SNSが個人の実存を規定する現代において、他者との境界線や、救いという名の依存の正体を問い直す、極めて鋭利な知性を備えた一冊である。

文学の力によって可視化された彼女の痛みは、読者の足元をも揺るがすだろう。本作を読み解くことは、現代を生きる私たちの脆さと向き合うことであり、深い読解力を養うための貴重な契機となるはずだ。