
知能情報学部 4年生 Tさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)
書名 : 火花
著者 : 又吉直樹
出版社:文藝春秋
出版年:2015年
売れない芸人である徳永と、彼が決定的な影響を受ける先輩芸人・神谷。本作は、二人の十年以
上にわたる交流と葛藤を軸に、表現することの本質と、夢が摩耗していく残酷な過程を描き出し
た一級の文学作品である。
物語の根底に流れているのは、他者からの評価という絶対的な他律性と、己の信念という自律性の激しい衝突だ。徳永が世間の基準に合わせようともがく一方で、神谷は純粋すぎるがゆえに世俗的な成功から遠ざかり、破滅的な狂気へと足を踏み込んでいく。読み手は、神谷の滑稽なまでの純粋さが、現実という壁にぶつかり、形を変えていく過程に、目を背けたくなるような悲劇性と、それゆえの崇高な美しさを感じるだろう。
特筆すべきは、芸人という特殊な職業を扱いながら、そこで語られる苦悩が普遍的な「生」の問いに直結している点だ。何かに情熱を注ぎ、それが具体的な結果や報酬に結びつかなかったとき、その時間は果たして「無駄」であったと切り捨てられるべきものなのか。物語の終盤、夢に敗れた徳永がたどり着いた境地は、効率性や成果主義を過剰に重視する現代社会において、私たちが無意識に切り捨てている「無用の用」の大切さを静かに、しかし力強く訴えかけてくる。 自意識という名の檻の中でもがきながらも、それでもなお誰かに何かを届けようとする人間の、醜くも尊い営み。
著者の内省的で詩的な文体は、舞台上の喧騒と、その裏側に横たわる圧倒的な孤独を鮮やかに描き出している。結末において、すべての「敗者」たちへと捧げられる肯定の眼差しは、読者の胸に深
い救いとなって響くはずだ。本作は、青春の終わりを経験した、あるいは今まさにその渦中にい
るすべての学生に、自らの歩みを見つめ直すための誠実な勇気を与えてくれるだろう。文章量が
ある本に向き合うことで、言葉の裏側にある沈黙や、割り切れない感情を咀嚼する力を養うのに、
これ以上ふさわしい一冊はない。
